第13話 愚か者達の末路 -王弟殿下視点-

「ちょ、っと…!!聞いているの!?」

「わたくしたちを侮辱して、タダで済むと思っていて!?」

「お父様に言いつけるわよ!?」


 出来るものならばやってみろと言いたくなるのをグッと堪えて、まるで今来たかのように私は声をかける。


「どうかしたのか?」


 それに驚いて振り向いた令嬢たちの向こうで、ほんの僅かに目を瞠ったカリーナ。だがすぐにドレスの裾を掴むと、それはそれは優雅に礼を取ってみせる。

 それに続いたのは、控えている彼女の侍女のみ。


 さて。これだけでこの場において誰が一番冷静で、かつ優秀であるかが明らかになった訳だが。

 こんなにも目立つ場所で事を起こしておいて、自ら恥を晒すなど本当に愚かな者達だ。


「王弟殿下におかれましては、ご機嫌麗しく――」

「良い。今はそれよりも、何があったのかを詳しく話せ」


 私から声をかけている手前、挨拶の口上を述べようとしているカリーナ。それを制して目を向けた先は、カリーナ本人ではなくオルランディ家の侍女。

 この場で令嬢自身に説明をさせるなど、私はそこまで愚かではないからな。


「恐れながら、申し上げます」

「あぁ」

「本日も普段通りのご予定でしたので、貴族門よりお嬢様が登城されてすぐ、そちらのご令嬢方に一方的に声をかけられまして」

「一方的に?そうか、一方的に、か」

「はい」


 侍女もこれが茶番だと分かり切っているのだろう。

 だがそんな気配は毛ほども感じさせず、ただ私が欲しいのであろう言葉だけを紡ぐ。


「ふむ…。まさかとは思うが、これが日常だとは言うまいな?」

「滅相もございません。本日が初めてでございます」

「そうか」


 この段階になっても驚きから戻ってきていないのであろう。王弟わたしが目の前にいるというのに、頭一つ下げることなく目を見開いているだけの令嬢達。

 気は進まないが、仕方なくそちらに目を向ければ。

 今ようやく気付いたとばかりに、急いで頭を下げているが。



 もう遅い。



「それで?お前たちはここで何をしている?」

「い、いえ……」

「わたくしたちも、今登城したばかりでして……」

「ほぅ?供も連れずに、一人でか?」

「そ、それはっ……」


 侍女が控えているようにも見えないが、よくまぁこれを親が許したものだと違う意味で感心する。

 本来貴族令嬢であれば、供をつけるなど当然の事。一人で出歩くなど、あってはならない。

 もしもその場合に何事かがあったとして、誰が責任を取ると言うのか。何より身の安全が保障できない。


 そうでなくても。


「お前たちは自宅での謹慎処分が解けたばかりではないのか?何用で登城したと言うのだ」


 まともな親であれば、しばらくは外を出歩かせないだろう。

 にもかかわらず、性懲りもなく謹慎が解けたその日に城へとやって来るなど。常識以前の問題だ。

 何より、用もないのにやって来る場所ではない。

 ここは遊び場ではないのだ。


「そ、の……」

「…………恐れながら、申し上げますっ…!!」


 おそらくは中心人物なのだろう。一人の令嬢が顔を上げて、真っ直ぐこちらを見てくる。

 不愉快ではあったが、発言するというのであれば仕方がない。


「申せ」

「はいっ…!!そこの女は、市井出身のただの平民でございます…!!どうかっ…どうか殿下はそんな女に騙されないで下さいませっ…!!」


 悲痛に見える表情は、作り物か本気なのか。


 だが、まぁ。


 この令嬢が予想以上に愚かだという事だけは、よく分かった。



 だからこそ、現実を突きつけて思い知らせてやらねばならない。



 自分たちが見下してきた相手が、一体何者なのか。


 どこの家に、喧嘩を売ったのか。



「だ、そうだが?彼女たちに名乗ってやってはどうだ?」

「……よろしいのですか?」

「構わぬ。本来であれば、そうあるべきなのだからな」

「…承知いたしました」


 これだけで十分意味は通じたらしい。

 まぁ、目上の者から発言するのも名を名乗るのも、貴族社会では当然のことだ。それが守られなかった今回の方が、明らかに常軌を逸しているのだから。


「申し遅れました。わたくし、カリーナ・オルランディと申します」


 その瞬間、まるで時が止まったかのように辺りが静まり返る。

 おそらくはどこかで……。

 いや。

 そこかしこで様子を窺っていた貴族たちでさえ、全員が驚きに呼吸すら止めてしまっているのだろう。


「オル、ランディ……?」

「宰相家の……」

「筆頭公爵家の……」

「あの…オルランディ家の……?」

「そ、んな……まさか……!」


 それでも何とか復帰したらしい令嬢たちは、途端に顔を真っ青にさせているが。

 もう既に何もかもが手遅れなのだという事に、果たして気付いているのかどうか。


 だが、まぁ。

 そんなことは、私には何一つ関係ない。


「行くぞ、カリーナ」

「はい、殿下」


 後の事は、オルランディ家の者が何とかするのだろう。視界の端でこの場を立ち去る男の姿を捉えていた私には、それがどこの家の者なのかを確かめる必要すらない。

 そうでなくても、あちらこちらいた小鳥たちが何羽か飛び立ったのが見えた。このことはすぐに陛下にも伝わるのだろう。

 もはや関わった家の者達に、貴族としての未来など、無い。


「お、お待ちください殿下…!!」

「どうか…!!どうかっ…!!」

「わたくしたちは何も知らなかったのです…!!」

「どうかお慈悲を…!!」

「殿下っ…!!アルフレッド殿下っ…!!」


 そのまま立ち去っても良かった。


 だが、流石に。

 一点のみ、許すわけにはいかなかったので。


 立ち止まって、振り返ってやる。


「殿下っ…!!」

「何か勘違いをしているようだが、お前たちが礼を欠いたのは私にではなくオルランディ家にだ。謝罪も言い訳も慈悲も、オルランディ家の判断一つだ」

「そ、んな……」

「何より知らなかったで済む話ではない。お前たちは家を代表して、オルランディ家に牙をむいたのだ。それが分からぬ訳ではあるまい?」

「ま…まさか、そんな……」

「訳あって市井で暮らしていた令嬢を、ようやく保護しオルランディ家に戻せたというのに。それに異を唱えるなど、随分と偉くなったものだな」

「そんな大それたことは、何一つ……」


 そう。何一つ考えられぬほど愚かだったのだろう。

 だからこそ、更に私の怒りを買うような事を簡単に口にできたのだ。


「だが、一つだけ。確かにお前たちは私に対して礼を欠いたな」

「え……?」


 それは私を呼び止めた事でも、驚きのあまりすぐに頭を下げなかった事でもない。


「私がいつ、お前たちに名を呼ぶことを許した?」

「っ…!!!!」

「ぁ……」

「誰にでも名を呼ぶことを許した覚えは、私にはないのだがな」


 おそらくは陰で呼んでいたのだろう。だからこそ、咄嗟に出てきてしまった。

 だがそれすら、本来であれば許されぬ事だ。



 私も陛下も、そして今では母上も。


 王族は皆、許しを与えた者にしか名を呼ばせない。


 嘘か誠か、真偽のほどは分からぬままだが。世界には名を呼ぶだけで相手を縛ることが出来る存在もいるらしいと。そう、伝えられているからだ。



 にもかかわらず、こんなにも簡単にそれを破るなど。


 何よりカリーナの前で、他の令嬢に名を呼ばれるなど。


 不愉快でしかない。


「セルジオ」

「はっ。騒ぎを起こしたことに加え、不用意に殿下の御名を口にした事。確かにこのセルジオが責任をもって、処罰させましょう」

「任せたぞ」


 私の怒りの理由も、セルジオはしっかりと把握しているのだろう。

 だからこそ、任せられる。


 きっと令嬢たちは予定通り二度と登城出来なくなり、私だけではなくカリーナの前にも姿を現さなくなるだろう。

 いやむしろ、一族全てを巻き込んで、だろうな。


 そこまでしなければ、筆頭公爵家への侮辱だけではなく王族への失態。他の貴族達に示しがつかないだろう。

 それこそが、愚か者達の末路だ。


「殿下……」


 だが心配そうに覗き込んでくるヴェレッツァアイと目が合ってしまえば、その怒りもどこかへ消えてしまうのも事実で。

 まるで今までの事がなかったかのように、穏やかに微笑んで見せる。


「あぁ、済まない。待たせたな」

「いいえ。そのようなことは……」

「では、行こうか」

「…はい」


 私が迎えに来るなど予想もしていなかっただろうに、まるで当然とでも言うようにエスコートされる。

 令嬢教育だけではなく、王弟妃としての教育もどうやらしっかりと進んでいるようだ。


 そのことに満足しながら、私は元来た道を今度はカリーナと二人並んで歩くのだった。









―――ちょっとしたあとがき―――


カリーナ「私何も聞いてませんでしたけど!?」

殿下  「言っていないからな」

カリーナ「せめて今度からは事前に連絡くらいして下さい!!」

殿下  「ふむ、なるほど。では今度からはそうしよう。私の可愛い婚約者殿?」

カリーナ「ぅっ……。はい…お願いします……」

殿下  「ふふっ」



 なんていう会話が、この後執務室で繰り広げられたとかなんとか…。

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