第12話 愚か者達 -王弟殿下視点-

 カリーナが戻り、公爵家から城へ通うようになってしばらく経った頃。

 待ち望んでいた知らせが、ようやくもたらされた。


「動いたか」

「はい。前回とは違い、カリーナ嬢は正式なオルランディ家のご令嬢。さらにまだ発表前とはいえ、殿下の婚約者に内定しております。これ以上の好機はないかと」

「あぁ。カリーナが血の奇跡だと知らせぬままでは、処罰のしようがなかったからな。これでようやく、愚か者達を排除できる」


 執務室の中。少々物騒な会話はしかし、今後のためにも必要な事だった。


 そもそも王族直属の部下や使用人に手を出すなど、本来は許されるべき事ではない。本心が何であれ、反逆の意思ありと捉えられてもおかしくはないのだ。

 だが前回はまだカリーナは、市井出身のただの側仕え。あまり重い罰を科せば、逆にそこから疑われる可能性もあった。

 だからこそ、関わった者達全てを謹慎処分とするしかなかったのだが。


「まさか謹慎が解けてすぐ登城してくるなど、余程の阿呆か何も考えていないのか…」

「ただの愚か者でしょうから。これを機に、城内の改革がさらに進むのですし。最後に役に立ったと思う程度でよろしいのでは?」

「覚えておくことすら気に入らぬがな」


 それでも忘れることなどないのだろう。

 前回だけではなく、今回も。愚かな令嬢達は、カリーナを排除しようと動いているのだから。


「生きて屈辱を味わい続けるのですから、一瞬で終わらせるよりもずっと苦しめられるではないですか。私としては、一族郎党生き恥を晒し続けて欲しいところです」

「……セルジオ…。お前は先ほどから、私よりも酷い言葉を軽々しく口にするな…」

「これでも本気で怒りを覚えておりますので。王族への敬意のなさもそうですが、何よりカリーナ嬢は王弟妃となられる予定のお方。私の主から唯一の幸せを奪おうとした者達を、簡単に許せるはずがないのです」

「そ、そうか……」


 表情は満面の笑みだというのに、何故か目の奥が笑っていない気がして。

 思わず頷いたが、本当に珍しく腹の底から怒りを覚えているらしい。発している圧が普段と全く違う。


「だが今から向かうのは、あくまでカリーナを出迎えるためだ。初めから最後通告を言い渡すつもりでいては、意味がない」

「心得ております。この場には殿下しかいらっしゃらないので、今のうちに素直に言葉を吐き出しておこうかと思いまして」

「表情と言葉が全く合っていないがな。それと、流石に素直に吐き出しすぎだ」

「逆に殿下は、言葉を口になさらな過ぎではありませんか?」

「必要ないからな。愚か者達を黙らせるのは私ではなく、カリーナ本人だ。それが分かっているから、この後の展開が楽しみで仕方ないのだ。怒りよりも愉悦が上回っている」

「……殿下、それは…実は私よりもたちが悪いのでは…?」

「ふむ。だろうな。自覚はある」


 そもそも先ほどからの会話で、私もセルジオも令嬢達への慈悲など一欠片も口にしていない。

 つまりは、そういう事だ。


「遅かれ早かれ、いつかはカリーナへ危害を加えようとする者が現れるのは明白だからな。被害が小さな内に、愚かな貴族たちに思い知らせてやれば良いのだ」


 カリーナに手を出すというのが、どういう事なのか。


「まだ小さな内に芽は摘み取るべきでしょうからね」

「牽制ですらなく、反撃の余地すら与えるつもりはない。陛下も同じお考えだ。むしろが捗って良いと喜んでおられた」

「……ご兄弟揃って、本当に似ておいでですね…」

「ふむ…それは褒め言葉として受け取っておこう」

「えぇ。そうしていただけるととてもありがたいです」


 国王陛下と似ているなど、臣下としてこれ以上の褒め言葉はないが。それ以上に私個人として、兄上と似ていると言われるのは喜ばしい。

 それがどういう意図であれ。


「さて。ではそろそろ迎えに行くか」

「きっとカリーナ嬢本人も驚かれる事でしょうね」

「顔に出るのは一瞬だけだろうがな」


 最近では本当に、一挙手一投足が令嬢らしくなってきていて。表情すら、なかなか崩れる事は無くなってきていた。

 とはいえ執務室の中で三人だけになると、途端に以前のカリーナに戻るのだが。


 いや、戻しているのは私自身か。


 そう思えば違う意味で愉快ではあるが。

 今はまず、目先の事から終わらせるべきだろう。


 まだ正式な婚約発表前の為、今もまだカリーナは高位貴族専用の門を通って城へとやってきている。そこへ例の令嬢たちが何故か集まっているというのだ。

 そう、、な。


「愚かなものだな」

「えぇ、本当に。情報の出どころが誰なのか、確認もしていないのですから」


 私の言いたい事を正確に汲み取って、当然のようにセルジオはそう返す。執務室から出ているので、詳しい事など一切省いているにも関わらず、だ。

 相変わらず、この従者は私の思考を読み取るのが上手い。


「確認をしていないのは、どうやらそれだけではなさそうだが?」

「そのようですね。ただそこに関しましては、公爵家が上手く立ち回っているとも言えますが」


 本来であれば、カリーナはこの国の筆頭公爵家の娘だ。現在彼女よりも身分の高い未婚の女性は存在しない。

 だがそれすら、噂でしか出回っておらず。姿絵一つ、出来上がってすらいないのだ。

 これは公爵家の怠慢でも何でもなく、成人と同時にお披露目とする予定でいるからに他ならない。

 何よりそれを陛下御自身がお認めになっているので、例外中の例外であろうとも誰一人口を出すことはない。


 とはいえ、そのせいで未だ登城の際は貴族門までしか使用できない状態なのだが。


 正式に私の婚約者として発表さえしてしまえば、彼女は最重要人物となる。

 更に血の奇跡であることも公表して、誰憚る事無く王族専用の門から堂々と入ってくる事が出来るようになるだろう。

 そうすれば、彼女自身の身の安全もかなり保障できるのだが。


「まだ、長いな……」

「数か月の辛抱ですので。それまではどうぞ、ゆっくりと過ごされてください」

「あぁ、そうだな。今後は忙しくなるだろうからな」


 王族にしては短い、たった半年間しかない婚約期間。

 これは私とカリーナの年齢や、彼女が血の奇跡であるという事を考慮した上での最短だ。

 下手に手を出される前に、有無を言わさず王家に返還してしまえ、という。何とも乱暴な考え方でもある。


「どうやら、既に待ち構えているようですね」


 ほとんど人のいない道を選んで通ってきたせいか、つい会話と思考に夢中になってしまっていたが。セルジオの声に意識を前方に向ければ、確かに数人の令嬢の姿。

 色とりどりのドレスはしかし、どれも品がいいとはお世辞にも言えそうになかった。


 思わず顔を顰めそうになった時、そのドレスの壁の向こうから歩いてくる姿を見つけて。

 今度はつい、顔が緩みそうになる。



 だが。



「まぁ!平民ごときが大層な格好ね!」

「折角忠告して差し上げたのに台無しにしてくれて」

「しかも卑しくも殿下に泣きついたのでしょう?」

「お陰でお前の嘘を信じた殿下から、わたくしたちは謹慎を言い渡されてしまったのよ?」

「一体どう責任を取ってくれるのかしら?」


 口々にではなく、それぞれ順番に。明らかに家格順に喋っているとしか思えないが。

 カリーナはと言えば、キョトンとした顔に表情を作って、小さく首を傾げている。


 それだけで笑いそうになってしまった私は、本当に意地が悪いのだろう。


 そもそも貴族間での発言とは、目上の者からの許しを得てからするものだ。

 にも関わらず、誰よりも家格が上であるはずの相手に。しかも許しなど当然得ることなく、好き勝手に話し始めるなどあり得ない。

 だからこそカリーナは、あり得ない事が目の前で起こった場合の対処をしているのだ。


 すなわち、沈黙。


 そして。


「本日どなたかの訪問を受ける予定など、私は聞いておりませんが?何か変更がありましたか?」

「いいえ。本日もいつも通りにと仰せつかっております」

「そうですか」


 一応の確認のため、目の前の令嬢達を完全に無視して後ろに侍る侍女へと問いかける。

 まさに、お手本通りの対処法。


「ふっ…。全く……」

「感心している場合ではありませんよ、殿下。ここで登場せずにいては、わざわざお迎えに上がった意味がありません」

「あぁ、分かっている」


 ついつい笑みが零れてしまった私に、セルジオは少々呆れながらもそう口を出してくる。

 その間にも品のないドレスを纏った令嬢たちは、口々に文句を言っているが。


 まず最初にそれを黙らせるのは、私の役目だろう。








―――ちょっとしたあとがき―――


 普段の二倍以上の長さになってしまったので、中途半端ですが分割します…!!(汗

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