42 ひざまくらに愛をこめて
「すぅー……、すぅー……」
聖王城の塔の一角。ルルは、修道院に入るまで暮らしていた自室で、深い寝息を立てていた。
夕食まえという中途半端な時間なのは、やってもやっても終わらない雑務に追われていたからだ。
ベッドに腰かけたノアは、毛布に包まった彼女に膝枕しながら、健やかな寝顔を見つめていた。
(戴冠式の準備は膨大だ。お疲れになるのも無理はない)
一角獣たちにひれ伏された『ルルーティカ王女』は、死亡した――と世間ではみなされている――イシュタッドの次の聖王になることが内定した。
戴冠式までは一年の準備期間がある。
そのあいだに、各国への連絡と招待状の送付、滞在期間の屋敷と使用人の手配など、賓客をもてなすために必要な用事をすべて片づけるのだ。
招待状は、内定者の自筆で書かれたものを
そのため、ルルは連日のように部屋の机にしがみついて、世界中の要人へ手紙を書いていた。
指先がインクで汚れているのを見つけてハンカチで拭うと、銀色の長い睫毛が持ち上がる。大きな瞳をこする主に、ノアは自然と優しい顔を向けた。
「おはようございます。ルルーティカ様。晩餐はまだですから、もう少しお休みになっていても大丈夫ですよ」
「そう……」
ルルは再びノアの膝に頭をあずけた。
乱れた前髪を手ですくと、古い傷跡が見え隠れする。ここから流れた血に触れなければ、生きた人間の温度を感じなければ、ノアは人の形をとったりしなかった。
人を生まれつき憎んでいる
愛らしいと感じてしまうのは、もはや仕方がないことなのかもしれない。
うすく笑うとルルに「なにか面白いことでもあった?」と問いかけられた。
「ルルーティカ様とはじめて会ったときのことを思い出していました。あのときから、私は貴方が聖王になるべき方だと思っておりました」
「一角獣の王であるノアに選ばれたのは光栄なんだろうけれど……、わたしはちょっとくじけそうよ。だって、聖王城にいると、ぜんっぜんゴロゴロできないんだもの!!」
戴冠式の準備に追われるルルは、キルケシュタイン邸から聖王城に居を移した。すると、いやがおうにも『ルルーティカ王女』としての振る舞いを余儀なくされた。
背筋をピーンと、それでいて、表情はいつでも微笑みをたたえて、修道院で祈りと慎ましさを身につけた王女らしく。
素顔でいられる巣ごもり生活を実践してきたルルにとっては苦行だ。
さらに、兄イシュタッドが城内に入り込んだ暗殺者を一掃するための囮になったり、解散するはずだった聖騎士団を国付きとして雇用するための打ち合わせをヴォーヴナルグとしたり。
また、城に呼んだ仕立屋と商人に、マロニー地区の織物など国内で生産された素材でドレスを製作するようにお願いしたり、アンジェラを筆頭とした侍女たちに髪や肌や爪先まで少しの隙もないように綺麗に整えてもらったり。
あげくの果てには、拘留しているジュリオとマキャベルの様子も報告してもらい、ガレアクトラ帝国への揺さぶりをかけているのだ。
「今みたいにノアが来てくれないと、誰かが側にいたがって一時だって丸まれないのよ。こんな拷問ある?」
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