40 聖女の逆襲はとまりません

 ルルの指摘に、マキャベルの顔がこわばった。


「ルルーティカ王女殿下。大きな罪とはなんのことでしょう。全く身に覚えがありませんが」

「それは『一角獣ユニコーンの密輸』です。ユーディト地区の大司教たちが起こしている犯罪に、マキャベル主席枢機卿が気づいておられないはずがありませんわ」


 大聖堂中の目が、いっせいにマキャベルに向いた。

 ガタンと椅子から崩れ落ちたのは、式典のためにカント入りしていたユーディト地区の大司教と取り巻き。そちらにはアンジェラが睨みをきかせている。


「わたしが調べたところ、人が近づかない研究所跡を一角獣の保管庫として使い、荷を他国に下ろしたジュリオ王子の商用船を利用して、ガレアクトラ帝国に運ぶ密輸ルートができていました。聖王イシュタッド陛下は、それを突き止めるためにユーディト地区へおもむき、現場を見たところで密輸犯――あなたの手下である大司教たちに襲われて、崖下へ転落なさったのです」


 イシュタッドの生死は伏せた。伏せておく方が、ガレアクトラ帝国を揺さぶる材料になるからだ。

 ジュリオを平和的に聖教国フィロソフィーから追い払うためには、彼の母国である帝国からの干渉を利用するのがいいと、兄イシュタッドが入れ知恵してきた。


 ルルは強く指摘したが、マキャベルは「作り話ですね」と動じない。


「ルルーティカ王女殿下は、ジュリオ殿下の内定式を邪魔したいのですね。だから、密輸などとでっち上げられたのでしょう。皆の者、騙されてはならない。王女殿下は、長く修道院にいるうちに、空想癖をそなえられたようだ。早急に控え室にお連れしろ!」


 マキャベルが命じたが、集まった司教たちは誰も動かなかった。

 沈黙して、疑いの目をマキャベルに注ぎ続けている。


「な、なぜ誰も従わない。枢機卿団に立てた誓いを破るのか!」

「お先に清貧の誓いを破られたのは、そちらでしょうに」


 カント外れの教会を守るシスターが立ち上がった。司教でない彼女は大聖堂に入る資格すらなかったが、キルケゴールを使いに出して、特別に来てもらったのだ。

 シスターを連れたルルをこっそり大聖堂に入れてしてくれたのは、マロニー地区の司教だ。彼もシスターと同じように起立して、信心深く手を組み合わせる。


「我らのような弱者には手を差し伸べず、枢機卿を排出した地区ばかり引き立てるマキャベル殿には今までのように従えません。我らは貧しく力のない教会の者ですが、大勢が手を取り合えば枢機卿団も無視できないと、ルルーティカ様が教えてくださいました」

「ルルーティカ王女殿下に感謝を」


 シスターの言葉に、動かなかった司教たちも手を組み合わせた。

 彼らは、かねてから枢機卿たちの贔屓に不満はあったものの、謙虚を美徳とする聖教会の教えに反するとして動けなかったのだ。


 ルルは、反旗をひるがえすことなく不満を伝える術として、枢機卿に何を言われても沈黙するようにと手紙で勧めた。

 その結果がこれだ。


 マキャベルの味方は、大聖堂内にほとんど存在せず、震え上がるユーディト地区の大司教たちでは盾にもならない。


「ちっ。ジュリオ王子殿下、ガレアクトラ軍人にご命令を。ルルーティカ王女殿下を、危険分子として排除せよと!」

「ええ? 僕の軍はさっき全員クビにしてしまったよ。今さらどうしろっていうんだい」


 ジュリオは肩をすくめた。赤い服を着た軍人たちは、もはやアンジェラ達に反抗もしていない。司教と同じように、黙って成り行きを見守っている。


「無能な王子め……!」

「誰が無能だって? 君、僕にそんな口をきいていいのかい。僕はガレアクトラ帝国の第四王子だよ」


 前髪を手で払うジュリオに、マキャベルは「だからなんだ」と横柄に言い放った。


「私はこの国の主席枢機卿なのだ。誰もがかしずき従うべき存在なのだ!」

「そんな人はおりませんわ、マキャベル殿。わたしたちは皆、自分の考えて動いているのです。聖王を敬うのだって、決めるのは人それぞれですわ」


 最終的に人を動かすのは命令ではない。その人がどう感じ、どう考えるかなのだ。

 聖王を重んじるかどうかも、本来ならば自由でなければならないことだ。


 ルルは、空の玉座の下でマキャベルと向かい合った。

 聖教国フィロソフィーの王族として、覚悟と信念をもって対峙する王女の姿は、魔法の力がなくとも気高く美しく輝いていた。


「主席枢機卿、罪をお認めなさい、一角獣を売り払った対価で贅沢に溺れていたことも、聖王を崖から落として見て見ぬ振りを貫いたことも、反省するべきですわ」

「なにも証拠はないだろう。聖王イシュタッドの遺体は見つかっていない。捕らわれた一角獣も、密輸品を積み込んだ商用船も、なにもかもが王女殿下の嘘だ!」


「失礼する!」


 大聖堂の扉を開けて、たくましい一角獣が飛びこんで来た。

 騎乗しているのは、聖騎士団の白い制服に身をつつんだヴォーヴナルグだ。


「ユーディト研究所跡を接収したところ、中から一角獣を捕えた檻が多数発見された。檻を管理していたユーディト地区の教会関係者らを捕縛。檻にガレアクトラ帝国の文字で識別番号が記されていたことから、密輸はガレアクトラの商用船を使って行われているとみられる! ここにいるユーディト地区の大司教らも捕縛する!」


 追従してきた聖騎士たちは、腰の抜けた大司教たちを捕まえた。

 ヴォーヴナルグは、一角獣の背から下りて、ルルの前にひざまずいた。


「ルルーティカ王女殿下、報告は以上です」

「ご苦労様でした。ヴォーヴナルグ聖騎士団長殿。働きに感謝します」


 聖騎士団が、内定式典で国中の要人がカントに集まっている隙に、密輸に使われた現場を押えたのも、ルルからの要請によるものだった。

 ヴォーヴナルグはしばらくなりを潜めていたので、枢機卿団に警戒されることもなく、計画通りに証拠固めはすすんだ。


「証拠は押さえましたので、これからゆっくりと捜査をしていきます。いずれ罪は暴かれると思いますが、これでもまだ言い逃れなさいますか?」

「――城を追われた王女のくせに」


 マキャベルはジュリオの帯剣を抜いた。ノアが剣を構えてルルを背にかばうが、マキャベルは斬りかかってくることはなく、刃を自分の首にあてた。


「己の行いを悔やむがいい。歴史ある大聖堂を、この私の血で汚してやる」

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