24
名古屋の街は春を迎え、そこかしこに春セールの垂れ幕がかかっている。
冬の厳しい寒さはもう過ぎ去り、優しい陽気に包まれている。
澄んだ青空には、白い雲がさりげなくアクセントを加え、新入生、新社会人の新たな門出を彩っている。
もう少し歩いて名古屋城まで行けば、桜の花も咲き乱れていることだろう。
今日は花粉も黄砂も飛んでなく、古き良き時代にタイムスリップしたかのようだ。
気分は清々しい。
道行く人々の顔が、新しい春を迎え、希望に満ちているように歩いている。
今の僕の目にはそう映る。
僕は今、人ごみに紛れて名古屋の街をぶらぶらと歩いている。
多くのカップルにも家族連れにもすれ違った。
その中に見知った顔を発見した。
「よう、アニキ、久しぶりだな?あの日以来か。」
ジローだった。
あのニヤケ面の仮面などかぶってはいなかった。
まるで、つき物が取れたみたいにすっきりとした顔をしている。
まだティーンネイジャーの少年みたいだった。
あの日。
確かに僕たちが会うのは、あの廃トンネルの事件の日以来だった。
もう思い出したくもないが、あの後の記憶を呼び起こそう。
叩きつける雨の音と暴風によって、踊り狂う木の葉の音しか聞こえてこなかった。
僕はまるで白黒映画を見ているような気がした。
『THE END』が出て、エンドロールが流れるのを待っていた。
しかし、何も起こらなかった。
僕は腕の力と全身のバネを利用して、どうにか立ち上がった。
そして、壁に寄り添いながら車の方へと歩いていった。
目を大きく見開き、身動き1つしないマルコムが車にもたれかかるように倒れている。
少佐もまた、地面にうつ伏せに倒れ、ぴくりとも動く気配がなかった。
車の表面は赤黒いペンキがぶちまけられたように血が滴っていた。
車の中を見ると、ジローが血の垂れているケツを剥き出しにして、両足を投げ出して後部座席に這いつくばっていた。
そして、大きく目を見開き、呆然とこっちを見ていた。
ジローは僕が見ていることに気が付くと、ズボンを引き上げた。
そして、雄叫びのように叫びながら車の外へ飛び出し、少佐を力の限り何度も踏みつけるように蹴りつけていた。
ジローの顔は真っ赤になり、はっきりと涙がこぼれ落ちた。
少佐は冷凍マグロのように地面に横たわっているだけだった。
ジローは蹴るのを止めると肩で大きく息をしていた。
「……お前、大丈夫か?」
僕は気の毒になってつい聞いてしまった。
ジローは何も聞くなと言うと、後ろを振り向いて肩を小さく震わせているだけだった。
僕はジローをそのままそっとしておいて、スコーピオンの様子を見に行った。
スコーピオンは血まみれの肩を押さえて、痛え、痛えよう死んじまうと泣きべそをかきながら地面に転がっていた。
どうやら命に別状はなさそうだった。
僕はスコーピオンのポケットからスマホを取り出すと、頭をフル回転させて少しの間考えた。
この状況をどう説明すればいいのだろう?
あまりにも非現実的だったからだ。
僕はどうにか口裏を合わせられそうな話を思いついた。
そして、救急車を呼んだ。
電話を切った後、ジローに考え付いた話を説明した。
僕が話し終わった後、ジローは分かったとだけ短く答えた。
僕は本当に分かったのだろうかと心配になったが信じることにした。
ジローは頭の悪い男ではないから大丈夫だろう。
それよりも危険なのはこいつだ。
僕はスコーピオンの元まで行った。
そして、救急車が来るまで、洗脳するように考え付いた話を耳元で何度も話し続けた。
そうする内に、雨合羽を着た救急隊員が担架を持ってやって来た。
救急隊員たちは車の惨状を見て、一瞬顔をしかめたがすぐに気を引き締めた。
スコーピオンを担架に乗せると、重そうに救急車に乗せた。
僕とジローも一緒に乗り、病院へと向かった。
無事に病院へと到着すると、スコーピオンはそのまま手術室に連れて行かれた。
僕とジローも簡単に治療を受けた。
そして、待っていた制服警官にパトカーに乗せられ、警察署へと連れて行かれた。
警察署に到着すると、今度は別々にされて取調室に連れて行かれた。
一人で椅子に座ったまま待たされていると、何度も意識がなくなりそうになった。
やっとのことで耐えていると、担当刑事と思われる取調官がやってきた。
まるで、昔の刑事ドラマに出てきそうなほどの刑事らしい格好だ。
年齢は40代半ばだろうか。
白髪の混じっている脂ぎった髪の毛、何層ものクマのできた突き刺すような目、フケのたまったとっくに寿命の過ぎた背広とYシャツ、他にも数え挙げていけばきりはない。
前置きもなく、すぐに基本どおり、個人情報からの事情聴取が始まった。
もうすでに僕の素性など分かっているくせに、二度手間のことをする。
これも一種のお役所仕事ってやつか。
しかし、僕は従順に言われたことをきちんと答えた。
そして、本題に入った。
質問が台風のように次々と、しかも細かく飛んできた。
だが、ほぼ予想通りだった。
話を作ったなどと大袈裟に言ってはいるが、実際は話を少しいじっただけに過ぎない。
あいつらとの関係は、ジローの家の近くでヒッチハイクをしてきたから乗せただけの関係にした。
そして、なぜあそこへ行ったのかは、東京でのケニー殺しの犯人だと分かったのがばれてしまい、殺されそうになったから。
なぜ殺し合いになったのかは、僕が言い淀んでしまったのでジローに聞くことになった。
どうやら、その理由で納得してしまったようだ。
それからの僕は無用心な運の悪い若者として扱われた。
質問が終わると調書の確認をしてサインをした。
どうやらこれで事情聴取は終わったようだ。
とりあえず、僕たちがどうなるのかを聞いてみた。
刑事が言うには、事件は不可解だがこれで解決しているし、東京でのケニー殺しは犯人死亡で終わった。
もう、お前たちには用はない。
一応、手続き上呼ばれることがあるかもしれない。
それに、あいつらは元アメリカ軍人だから上の人間がどうするか決めるだろう。
どうせ、あの国とはもめたくないだろうから、深く追求することはないだろうよ、というようなことだった。
僕が帰ろうと立ち上がると、仮眠室で休んでいくかと刑事が聞いた。
それだけ、僕はひどい顔をしていたのだろう。
しかし、僕はもう何もしたくもないし、もう何も考えたくもないほど疲れきっていたのに断った。
さっさと立ち去ってしまいたかったのだ。
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