第69話 藍野=植物?

「……それで、何をしようか?」


 でも……遊ぶとは言ったものの、屋上では出来ることが限られてるし、今はマジック道具も持ち合わせていない。


 だから残念なことに、授業サボり中のマジックショーは開始出来ないんだ。


 そんな困った感じの俺の表情を読み取ったのか、ヒナノはのほほーんと。


「別に何もしなくていいんだよ。こうやってごろごろーって横になるだけで、楽しい気分になるでしょ?」


 そう言って、ブルーシートの上に寝転がったんだ。そして床をポンポンっと叩いて。


「シュン君も隣においで?」


「……」


 その言葉を聞いた俺は、保健室での出来事を思い出してしまった。


 まぁ……保健室のベッドに比べたら、だいぶ健全なシチュエーションなのか?


 でも屋上という場所では、また違った危ない要素があるんだけども。


「ほら、早く早く!」


「あっ。ああ。分かったよ」


 そして俺はヒナノの隣に転がった。相変わらず床はカチカチなんだけど……不思議と居心地は悪くなかった。


「ふぅー。今日もあったかいね」


「そうだな。まだまだ涼しくなる気配は無いし……午後はもっと暑くなるみたいだ」


「そうなんだぁー。あーあ、プールのある学校が羨ましいよー」


「それは同感だ……」


 今更だが、この学校にはプールが存在しない。よって、夏も問答無用でグラウンドでの体育が行われる……つまり地獄なのだ。


「……そういやヒナノ。今日体育あるっけ?」


「うん、あるよ!」


「うぇーマジかよ……うーーーっ」


 そんな会話をしつつ、俺は伸びをしてみる。確かに……ヒナノの言う通り、ちょっとだけいい気分になってきた。


 それを見たヒナノはクスクス笑って。


「ふふっ、なんかこうやってごろごろーってするの、久しぶりな気がするなー」


「ああ、俺もだよ」


『最後に寝転がって青空を見上げたのは、いつですか』なんて問われて、すぐに答えられる人なんてそう多くはいないだろう。


 当然、俺もその1人である。


「あー。いつからだろうね。こんな風にぼーっとする時間を取らなくなっちゃったのは」


「それは……取らなくなったんじゃなくて、取れなくなったんじゃないかな?」


「えっ?」


「だって子供の頃とは違って、今はやることが沢山増えたからさ。趣味とか勉強とか……ヒナノは部活だってあるもんな」


「あーそうかも! 確かに小さな頃と比べたら……やっぱり暇な時間は少なくなっちゃったもんね!」


「……」


 ……『今もヒナノ小さいじゃん』と、一瞬だけ思ってしまった自分がマジで嫌になる……こんな俺を許してくれないか。


「あーあ。大人になったら、もーっとこんな時間が減っちゃうのかな」


「それは……確実に減るだろうね」


「そっかー。それはヤダなぁ……」


 ヒナノは悲しそうに呟いた……かと思ったら、すぐに明るい顔に戻って。


「……それなら今みたいなこんな時間も、未来ではかけがえのないものになっているかもしれないね!」


「うん。そうかもしれない」


「それならシュン君と楽しい思い出を、もっと作らなきゃね! 高校生なんて、きっとすぐに終わっちゃうから!」


「ああ、そうだな!」


 そのヒナノの言葉が……素直に嬉しかった。俺もヒナノとの思い出を作りたいと、強く思ったんだよ。


「んー、でも夏はあんまり思い出作れなかったよね。色々なことがあったからさ」


「……」


『色々なこと』の内容はまぁ……俺と高円寺が喧嘩してしまったことだろう。


 そのせいで、勉強会グループはほとんど活動出来なかったからな……


「えっと……それはホントごめんな?」


 そしたらハッとした顔になったヒナノは、両手をブンブン振って。


「あっ、いいの! いいの! もう全部終わったことだし! それに……あの出来事がなかったら、きっと今の私達もいないだろうから!」


 そう言ったんだ……まぁ確かに、そう考えることも出来るかもしれない。


 あれがあったことで、俺らは花火大会を計画したんだし……結果的に付き合うことが出来たんだよな。


 やっぱりヒナノの考え方は素晴らしいな。


「本当にヒナノはポジティブだね」


「んーそうかなぁ?」


「ああ、そうさ。きっと俺はそのヒナノのポジティブさに惹かれたんだと思うんだ」


 そしたらまたヒナノは目を逸らして。


「あっ、ありがとね!」


 と。やっぱりヒナノは可愛いなぁ。


「……でも、シュン君も結構変わったよね。何だか明るくなったというか。ハッキリ喋るようになったというか」


「えっ、俺? 俺がそうなったのは……多分ヒナノのおかげだと思うよ」


「えー本当に?」


「うん。えっと、ほら……植物に優しい言葉をかけるとよく成長するって言うじゃん」


 そこまで言ったら理解したのか、ヒナノは大きく笑って。


「ふふっ! まさかシュン君が植物なの?」


「うん、そういうこと。ヒナノという存在がいるおかげで、俺は少しだけ明るくなれるんだと思うんだ」


「そっかー。それなら、私がもっともっと色んな言葉を言ってあげたら、シュン君はもっと成長するのかなぁ?」


「それは……分からないけど──」


 そしたらヒナノが俺の言葉を遮ってきて。


「シュン君! かっこいいよ!」


「え、えっ?」


「それにいつも優しい! それで賢い! だから頼りになるんだ! それにお話も面白いし、とっても手先が器用だから……」


「あっ、ちょ、ちょっとまってまって!」


 ヒナノの口から無数に溢れてくる褒め言葉を、俺は一旦止めさせた。


 そしたらヒナノは不満そうに。


「どしたのシュン君? 今シュン君を元気な子に育ているのにさー」


 そっ、育ててるって……


「いや、そんな急にされても……それに無理やり言わなくていいからさ……」


「そんな、無理やりじゃないよー。これは私がいっつも思ってることだし……それに、シュン君が元気になってくれたら私、とっても嬉しいんだよ?」


「……」


「それとも……私が喜ぶために。自分の為にしていることを、シュン君は無理やり止めさせる気なの?」


 ああっ……本当にこの子、悪い子だよぉ。


「……とめない」


「ふふっ! それじゃあ続けちゃうよ! えっとねー、それでシュン君はマジックがとっても上手でねー本当に魔法使いみたいでー」


「……」


 そっから1時間目終了のチャイムが鳴るまで、俺の褒め言葉は続いたのだった。

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