第67話 こころがしんどい

「え、えっと……委員長さん……?」


 そのおさげの子は見るからに動揺している……いや、そりゃそうだよ。だってその子、ギャルとは程遠い見た目してるもん!


 そしてそれを見た委員長は……


「……君がギャルで間違いないか?」


 また言った! その子は委員長の言葉が聞き取れなかったんじゃなくて……ただ単に、意味が分からなかっただけなんだってば!


「……え、やっ……ち、違いますよ……?」


 あーもうほら! その子、超絶困ってるじゃんか!


 堪らず俺は、委員長の所まで駆けて行ったんだ。


「ん、藍野。どうも違うみたいだ」


「……」


『見りゃ分かるだろ』とは、流石に本人の前で突っ込む勇気は出なかった。


 とりあえず……この子に謝罪しよう。何をって……委員長が無礼を働いたことだよ。


「あ、えっと……きっ、君。い、いきなりごめんね。委員長が変なこと言って……」


「あっ、そっ、そんなのっ、いいんですよ!」


 何かこの喋り方……俺と同じ匂いを感じるな……これ以上は言わないけど。


 そして委員長は表情を変えずに。


「ん? 藍野が聞けと言ったんだろう」


「『ギャルかどうかを聞け』とか俺は一言も言ってねぇよ」


 それ、目的変わっているじゃねぇか。俺がギャルを狙ってるみたいになるから、本当にやめてくれ……


「そういやそうだったな」


「そうだったな、じゃないよ全く……早く戻るよ」


 そう言って俺は、委員長を引きずって席に戻そうとした……が。委員長は踏ん張って。


「どうせなら彼女にも聞いてみようじゃないか。藍野の評判というモノを」


「えっ?」


「それとも……まだ無謀なギャル探しを続けるのか?」


「言い方よ」


 まぁ……委員長の考えも分かるし。その提案に乗るのも……悪くはないのかもしれない。


 そう思った俺は委員長を引きずる手を離して、その場にとどまった。そして委員長は。


「確か……君は演劇部に所属している『夢咲若菜ゆめさきわかな』だったよな」


「あっ、はい。そうですよ」


 おお、この辺は流石委員長だな。クラスメイトの名前と部活動まで把握しているなんて……いや、それともこれが普通なのか?


 ボッチを極めていた俺には分からねぇや。


「ああ。そんな夢咲に聞きたいことがあるんだが……昨日の藍野の行動は見たか?」


「藍野さんの……行動?」


「倒れそうになった雨宮を受け止め、そのままお姫様抱っこをしながら、保健室に駆け込むという奇行だ」


 だから言い方!!


「そんな奇行をかました藍野は、雨宮の親衛隊にボコされるんじゃないかと恐れて、眠れない日が続いているらしい」


「あっ、そうなんですね」


 別に続いてねぇって……そもそも昨日の出来事なんだから、嘘ってバレてんだろそれ。


「だから藍野はどんな風に噂が流れているか、必要以上に知りたがっているんだ」


「へぇ、そうなんですね」


 ……というか夢咲さん、お昼の番組の観覧客みたいに委員長の言葉に同意するマシーンになってないか? 自我失われてない?


「それで夢咲はどう思う?」


「そうですね……」


 うおっ、別パターンの変化球きた。


「私は後ろにいましたから、その場は見えなかったのですが……でも、藍野さんの行動は本当に素晴らしいものだと思いますよ」


「えっ、ほんと!」


 嬉しくて思わず声が出てしまった。何だ、夢咲さんとってもいい人じゃないか!


 そして委員長は。


「まぁ……少なくとも夢咲は好印象ってことだな。少なくともな」


「繰り返さなくていいから……」


 どうして委員長はそんな言い方するんだよ。


「じゃ、これで終わりだな……」


「あっ、待ってよ委員長! これだけじゃサンプルが少ないよ!」


「……はぁ?」


 確かに夢咲さんには良い印象を持たれたかもしれないけど……ぶっちゃけそれだけだ。


 これだけじゃ話題の全体像が掴めないんだよ。だから俺達は必死でギャルを探していたんだよな……


「この工程をまた繰り返すつもりなのか? 私はもう疲れたんだが」


「そんなこと言わずに頼むよ、委員長!」


「断る。私はそこまで面倒見きれん」


「そんなぁ!」


 ……そんな俺達の会話を聞いていた夢咲さんが、申し訳なさそうに会話に入ってきた。


「あの。えっと。藍野さんは他の人の意見も聞きたいのですか?」


「あっ、うん。そうなんだ」


「それなら……SNSを使うのはどうでしょうか?」


「SNS?」


「つまり、ツイッターです。ツイッターならみんなの意見が聞けるかもしれません」


 なるほどね……確かにそれなら情報が簡単に集められるかもしれない。


 でも俺ツイッターどころか、何もSNSやってないんだよな。


 いや、もちろんやってみたことはあるけれど……呟いても反応なんもないから、すぐ止めちゃったんだよな。


 あれってどうやって友達作るんだろうな。未だに仕組みが理解出来ない。


「えっと……それはいい案かもしれないけど……その、俺、ツイッターやってなくて。それに、クラスメイト見つけるなんて無理なんじゃ……」


「あっ、それは大丈夫ですよ。私、やってますし……フォロワーにクラスの子結構いますから」


 えっ……嘘だろ夢咲さん。アンタだけはこっち側の人間だと思っていたのに……ネット上では喋れる系女子だったのか。騙された。


 でもまぁ……使える案は、遠慮なく使わせていただこう。


「じゃ、じゃあ……見せてくれないかな」


「あっ、はい。もちろんですよ」


 そして夢咲さんはツイッターを開いて「これが佐藤君」だの「これが石川君」だの、色々とアカウントの説明をしてくれた。


 みんなやってるもんなんだな……と少し驚いてしまう。しかも本名でやっている奴もいるというもんだから驚きだ。


 そして奴らの昨日の昼頃のツイートを、全員で辿っていくと……


「あっ、藍野さんの名前がありました!」


 と夢咲さんから報告が。


「どっ、どれ!?」


 言って、俺は夢咲さんのスマホを覗き込む。どれどれ……


「これです。えっと…………『藍野、運ぶの遅すぎて草』って書いてます」


「……」


「つまりどういうことだ?」


 ……やめて。委員長。聞かないで?


「えっと……あの……『藍野さんがヒナノさんを運ぶのが遅すぎて、笑えてしまう』という意味ですね……」


「……」


 夢咲さんも解説しないで? 心が……心がしんどくなっちゃうからさ。


「夢咲さん……それって誰のアカウント?」


「え、えっと……」


 そしたら委員長がすかさず間に入ってきて。


「夢咲、何も言わないでやってくれ。藍野が聞いてしまうと……また停学問題起こしてしまうかもしれないから」


「ははは。やだな。そんなのしないよ」


「あっ、藍野さんの目が笑ってませんよ……」


 実際、本当に殴りに行こうとか思っている訳じゃなくて……ただ、どんな奴が書き込んでいるかが知りたかっただけなんだよな。


「……藍野。もうこれ止めた方がいいんじゃないか?」


「いや……続けよう」


 でももうここまで来たのなら、絶対良い意見を探してやる……意地だよ。


「……あっ」


「何、夢咲さん」


「さっきのツイートにリプが付いてました」


 リプ……? よく分からないけど……見れるものは見てやろう。


「……見よう」


「はっ、はい。いきますよ?」


 そして。夢咲がタップして現れたツイート内容は。


『あの時の藍野、マジで誘拐犯にしか見えなかったんだがwww』


「……!」


 夢咲さんは反射的にスマホの電源を切ったが……残念ながら俺には全て見えてしまったのだ。


「……」


「あっ、藍野さん! こっ、こんな言葉……全く気にしなくて良いんですよ!」


「……藍野。強くなれ」


 2人して慰めてくれたが……俺は。


 とてもとてーも。傷付いてしまったんだ。だって俺は……弱くて繊細な人間なのだから。


「……」


 あっ、うわっ、やべぇな。なんか泣きそうになってきた……でもヤダな。コイツらに泣き顔なんか見られたくないな。


 どうしようもなくなった俺は……その場から逃げ出すように、走り出したんだ。


「藍野!」「藍野さん!」


 その言葉を聞かずに、勢いよく教室を飛び出して……階段をひたすら駆け下りた。


 そして昇降口まで辿り着いた俺は……ポケットからカードを取り出した。


 取ったカードの種類は……ハートのエース。


 それをヒナノの下駄箱に押し込んだ。


「……」


 自分でも何をやっているか分からない。


 あんな事件の後にヒナノと接触するなんて、危険なのは重々承知している筈だ。


 それなのに……俺はそうしてしまった。


 ただ。どうしても。堪らなく。1秒でも早く。ヒナノに会いたくなってしまったから。


 それだけなんだ。

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