第64話 バグった高円寺

 その長い静寂を最初に壊したのは、高円寺だった。


「……ねぇあいのーん? 一瞬で死ぬか、苦しみながら死ぬか……どっちがいい?」


 何でデッドorデッドなんだよ! 死しか待ってねぇじゃねぇか! それ選択肢として成立してねぇって!


「い、いやっ、違う! これは違うから!!」


 俺の必死の訴えを理解してもらおうと、俺は視線を委員長の方へと向けたが……味方になってくれるワケがなくて。


「藍野……それは駄目だ。他の女子ならまだ弁護の余地はあったかもしれないが……雨宮に手を出すのは本当に駄目だ」


 いやまぁ……委員長が言わんとしてることは、何となく分かるけどさ! 本当にこれは違うんだって!!


「……」


 ……それで。委員長の目がガチなんだけど。


 委員長はいつも冷たい目をしているけど、今回は本当に冷酷な……暗殺者みたいな目付きをしているよ……目だけでここまで人をビビらせられるんだね。ははは。


 それならと、俺は草刈に視線を向けてみたけれど……草刈もどこかよそよそしい喋り方になっていて。


「あっ、藍野氏……我、これからどうやって藍野氏と接していけばいいのかが分からないでござるよ……」


「……どうして?」


「もう我の知らない藍野氏になったような気がして……いつもの藍野氏がどこか遠くに行ったような……そんな雰囲気がするのでござるよ……!」


「……要するに?」


「童貞卒業したのでござるね……!?」


「してねぇよ!!」


 なんてこといきなりぶっ込むんだコイツは。一応女子も周りにいるんだぞ……?


「ああ……藍野氏だけは仲間だと思っていたのに……!」


 そして草刈は自分の世界に入り込んでしまった……というか勝手に童貞仲間扱いされてんだな。それは心外だ。


 ……いや童貞だけどさ。


 それで……全員と話をして分かったことだが……誰も俺のことなど信用していないらしい。


 まぁ、それは当然だと思う。こんな状況、俺が眠ったヒナノを襲おうとしている図にしか見えないもん。俺もそう思うもん。


 でも……俺は言わなきゃならないんだ。これは事故で起こってしまった出来事なんだと。そしてその原因が、ヒナノから誘ってきたからだってことを……!


「ちょ……ちょっとみんな聞いてくれないか!! これは事故で、本当に俺はこんなことをするつもりは──」


「あいのーん。続きはお巡りさんにでも喋ってよ」


「だから違っ……」


「藍野。正直に言えば減刑されるかもしれないぞ」


「だから!!」


 やっぱり信じてもらえねぇ……くそっ。このまま俺はお縄についてしまうというのか……?


 いや……まだ方法が1つある。


 ヒナノの口から説明して、俺の無罪を証明してくれれば、こいつらも信じてくれるかもしれない。


 ただ……


「……」


 ヒナノは黙ったままだった。


 いや、そりゃそうだよな……何が悲しくて友達に『私から誘ってしまったから、シュン君は悪くないよ!』って言わなきゃいけないんだよ。


 それにヒナノはそれを言うメリットなんて皆無だし……それは仕方ないよ。責められないよ。


「……」


 それで、本当にどうすることも出来ない思った俺は……ベッドから抜け出して、この地獄のような場所から逃げ出そうと考えたんだ。


 よし……行くぞ。


 俺は奴らの目をこっそりと盗み、靴を履いてその場から逃げ出そうとした……瞬間。


「……っ!?」


 俺の左腕に体温が。まっ、まさか……ヒナノか!?


 バッと後ろを振り向くと……未だに乱れたままの制服姿のヒナノが、俺の左腕を掴んでいた。


 なっ、なんだ!? 逃げようとしたのがバレてしまったのか!?


 その状態でガチガチに固まっていたら……当然、アイツらも気が付いたみたいで。


「あっ! あいのーんが逃げようとしてる! 絶対に逃がすな!!!」


「いいぞ雨宮。犯人には指紋をベッタリ残すんだ」


 いや、なんだよそのガチのアドバイスは……!?


 そしてヒナノは俺の腕を掴んだまま……みんなに向かってこう言ったんだ。


「あっ、あのね! みんな聞いてほしいんだけど……シュン君は何も悪くないの! 悪いのは私なのっ!」


「えっ、ヒナノ……!」


 まさか俺の為に言ってくれるなんて……! こんなこと言うのは絶対恥ずかしいだろうに……本当にありがとなヒナノ。


 これで俺の無罪がやっと認められる……と思っていたんだけど、どうやらそうではないみたいで。


 2人はヒナノに近付いて、心配そうに声をかけたのだった。


「どうしたのヒナヒナ……? まさかあいのーんに弱味でも握られているの?」


「雨宮……大丈夫だ落ち着け。あの性欲モンスターは私達がどうにかするから」


 いや、なんだよ性欲モンスターって。変なあだ名を付けないでくれ。


 まぁ……俺を疑いたいのもよく分かるけどさ、ヒナノの言うことくらいは信じてやってよ。


 そしてヒナノも、言葉通りに信じてくれなかったのが気に入らなかったのか……更に俺の腕を胸に抱き寄せて、こう言ったんだ。


「だっ……だから! シュン君を……ゆっ、誘惑したのは私なんだからぁ!」


「おっ……!?」


 まっ、マジか! そこまで言っちゃったよ!


 そして……それを聞いたみんなは。ポカーンと口を開けて、魂が抜けたような表情をしたんだ。


 驚き呆れるって言葉は、まさにこういう状態のことを言うんだろうな。


「ひっ……ヒナヒナ? えっと、ほら! きっとまだ体調が優れてなくて混乱してるんだよね? そうなんだよね!?」


 それでどうも高円寺は、まだそれを信じたくないらしい。まぁその気持ちは分からなくもないけど……早く信じてやらないと、ヒナノもキツいと思うよ?


「心美ちゃん、これは本当に本当なの! だって……」


「だ、だって……?」


 ん? ……まさか。





「私とシュン君は付き合ってるんだもんっ!!!」


 うおっ!! 本当に言ったぁ……!! まさかここまで言ってしまうとは……!!


 いや、別に俺はいいんだけども!


 こんな陰キャな俺と超人気美少女という、明らかに釣り合っていない2人が付き合ってるなんて言われたら……聞いた人は意味分からな過ぎて、脳内がバグっちゃうよ!


「……あば。あばばばばばば」


 あっ……ほら。高円寺が壊れちゃった。

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