第63話 隣に来てよ……?

 ……えっと、えっと、何なんだ……この状況は!?


  俺が飲み物を買いに行く前は、ヒナノの服はこんなに乱れてなかったよな!?


「……」


 一応……急いで俺は、他に誰かいないかを確認したが……誰の気配も感じることはなかった。


 つまり……『何者かが保健室に侵入して、ヒナノの服を脱がせようとした』という可能性は考えられない、ということだ。


 もしもそんなヤツがいたのなら、ぶっ殺すレベルじゃ済まないけどな……まぁ、そんなことは無さそうだし安心したよ。本当に良かった……


「……」


 いや……いやいやいや……何も良くねぇって!!!


 そうじゃないのなら、ヒナノが自ら服をはだけさせたことになるんだよ!!


 ナンデ!? ヒナノナンデ!?


 そうやって必死に頭を回転させていると……俺は1つの答えに辿り着いたんだ。


 もしかして暑かったのかな……?


 クーラーがガンガン効いている保健室とはいえ、やっぱり暑くなっちゃうよな!? うん、そっか、そうだよな!?


 そう言い聞かせて、俺はもう一度ヒナノに視線を移す……


「……」


 でも……でもぉ……! その脱ぎ方はホントにヤバいと思うんだヒナノっ……!!


 だってめくれたシャツからおへそが見えてるし……スカートもめくれ上がって、ヒナノの……その大切な……ぱ、ぱ…………純白のヤツも見えちゃってるからぁ!!


 ……そして。


「……ッ!?」


 …………俺の下半身が徐々に熱を持ち始めてきた。


 いや、ヤバいって!! それはホントに駄目なやつだって!!! 人として終わってしまうから!!!


 咄嗟に俺はヒナノから視線を逸らして、深呼吸をしながら精神を落ち着かせた……


 どどどどうしよう。本当にどうしよう。こんな状況、誰かに見られたら絶対に勘違いされそうだし。


 とにかく……今は毛布をかけてやって、この格好を隠してやるべきだよな。うん。それが紳士ってもんだよな。


 俺は持っていたアクエリを机の上に置いて……ヒナノの横にあった毛布を手に取った。


 そしてそれをかけてやろうとした時……何故か俺はさっきの言葉を思い出したんだ。


 ──


「ヒナノさんは『お前にエロいことされる』のを期待しているんじゃないかってことだッ!」


 ──


 ……あの時は。こいつエロ漫画の読み過ぎなんじゃねぇかって思ってたけど……まさか。本当に合ってるのか?


 だって……ヒナノは寝たフリを今も続けている。何ならさっきよりも呼吸が荒くなっていてるから……もう寝たフリはバレバレなんだ。


 それなのにヒナノが頑なに起きようとしないのは……も、もう、そういうことなんじゃないのか!? なぁ!? 違うか!?


「……」


 でもっ……でもぉ! 俺は生まれながらのヘタレだ!! こんな無防備な女の子だろうと、簡単に手を出せる訳がないんだよッ……!


 俺は広げた毛布を眼前に持ってきて……視線がバレないようにしながら、ヒナノを観察した。


「……」


 ヒナノの身体は……お世辞にも、あまり発育の良いものとは言えない。


 それでもほんの少しだけ膨らんだ、芸術的な曲線を描いた胸元や、ヒナノの心を映し出したかのような純白の聖域は、俺を興奮させるのには容易いものだった……


 ……本当に俺は何を言ってるんだ?


「…………シュン」


「えっ?」


 馬鹿なこと考えていて、思わずスルーしてしまう所だったが……確かにさっきヒナノが喋った。


 まさか……中々手を出さない俺に、うんざりしてしまったというのか……!?


「ひ、ヒナノ……?」


「早く、隣に来てよ……?」


「……」


 こっ……これはぁ!? マジでそのまさかだったのか!?


 どれだけヘタレだろうと……本人から許可貰ったら、俺は動けるよ!! お望みなら!! ええ! 参りますとも!!!


 俺は毛布をぶん投げて、靴を脱いで……ヒナノのベッドへと潜り込んだ────丁度その時。


「ヒナヒナー! 迎えに来たよー!」


「高円寺氏、雨宮氏は寝ているかもしれないですぞ。だから大声を出すのは控えた方がよろしいかと……」


「あっ、そっか!」


 保健室の扉が開く音と同時に、アイツらの声が聞こえてきた……


「……」


 これは、マズイ。マズイマズイヤバいって!!


 この現場を見られたら、絶対言い逃れ出来ねぇって!! でも数秒じゃこの場から離れられねぇし!! 隠れる場所もねぇ!!


 どうする俺……はっ! かっ、かくなる上は!!


 俺は目に付いた、さっきの毛布をまた取って、ヒナノと俺を覆うように被さった。


「……!」


 それとほぼ同じタイミングで、『シャー』っとカーテンの開く音がした。


「あれ……寝ているのかな?」


「うむ。恐らくそのようですが……こんな頭まで毛布を被るものですかな?」


 毛布の中は、俺とヒナノがありえないくらい密着している。声を出したら気付かれるのはお互いに理解しているので、黙ったままだったけど……


 心臓の鼓動が馬鹿うるせぇ……! これ外に聞こえてないよな……? 大丈夫だよな……?


 そんな半分混乱状態だったから「あ〜ヒナノの肌柔らかくて、めっちゃいい匂いする〜」なんて思う余裕は、当然なかった。


「はいはい、女の子の寝ているとこまじまじ見ないの」


「別にそのつもりはなかったのでござるが……」


 よし、いいぞ高円寺……お願いだからこのままどっか行ってくれ!!


「……いや、これは雨宮にしては膨らみ過ぎていないか?」


 うげげげっ!? 委員長もいたのか!?


「まぁ、言われたら確かにそうだけど……」


「めくってみるか」


 ……マズイよ。この流れは本当にマズイよ!!


「でもこれ、他の人だったら?」


「その時は謝ればいいだろ……それっ」


 その言葉の次には……俺らは光に照らされて。


 要するに毛布がめくられて……蛍光灯の光をめいっぱい浴びる形になって。


「……あっ」


「……」


 抱きあっている俺とヒナノがむき出しになった。


 そして目の前には……俺らの荷物を持って来てくれたであろう、死んだ目をした高円寺、理解出来ずに目を回した草刈、ゴミを見る目をした委員長の姿が。


「……」


 誰も何も言わない、地獄のような時間が……本当に長い時間続いたのだった。

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