第36話 幸せって……こういうこと?
それから俺らはテストまでの期間、ほぼ毎日勉強会を開いた。もちろん用事や部活やサボり(高円寺)があったりするから、参加する人数はバラバラだった。
それで俺は基本的に毎日参加していたから、色々な組み合わせを体験したのだ。
例えば……草刈と俺だけの男だけの会とか、反対に草刈だけがいない、俺がハーレム状態の会とか(当然何も起こらなかった)。
委員長と2人だけの、めちゃくちゃプレッシャーのかかる勉強会も体験した。確実に寿命は縮んだが、学力は飛躍的に上がった。
そして────テスト2日前。奇跡が起こった。
「藍野氏! 美術の作品が終わらないから、今日はそっちを優先するでござる! すまないでござる!」
「藍野。今日私は習い事だ。勉強会はまた今度な」
「────ごめん、勉強会には行けません。今、ヒプマイのイベント会場に居ます」
そんな訳で……今日の勉強会は俺とヒナノの2人きりで行われることになった。これは初めてのことである。
ウキウキしながら俺は教室で待っていると……ガラガラと天使がやって来た。
「お待たせ! ちょっと友達と話してたよ!」
「そっか……よし、それじゃあ始めようか!」
「うん!」
俺達は教科書とノートを開いて、各々勉強を進める。まぁこれには慣れたものだが……ヒナノと2人きりの勉強会は、やっぱり慣れない。
「……」
「……」
ペンを走らせながら……ちょっと前を向いてみる。
「……あっ」
「……」
そしたら……ヒナノと目が合った。何だかこのシーン。どこか懐かしいような…………そんなことを思っていると、ヒナノは耐えきれなくなったのか「ふふっ!」っと可愛らしく笑ったのだった。
「ヒナノ?」
「ふふっ、ごめんね! 何だか初めてシュン君と、目を合わせた時を思い出しちゃって!」
「えっ……あっ。ああー! 黒板の前のアレか!」
「そうそう!」
完全に思い出した俺はまた、ヒナノの方を向いて……一緒にケラケラと笑い出した。
「ははっ、何だかもう懐かしい感じがするよ」
「そうだねー!」
そうやって笑っていると……もっと色々なことを思い出してきた。せっかく2人きりだし……仲良くなったし……ちょっと勉強を中断して、話そうかな。
そう決めた俺はペンを置いて……長らく疑問に思っていたことを、ヒナノに聞いてみたんだ。
「なぁヒナノ。何であの時、俺の方を見ていたんだ?」
「えっと多分それはね……身長高いなーって思って見てたの!」
「……別にそこまで高いわけじゃないんだけどな」
俺の身長は確か……ギリギリ170届かないくらいだったっけ。だから特別高いわけじゃないけど……まぁヒナノにしてみれば巨人……なのかな?
「それで、これが1番気になっていたんだけど……あの時さ、黒板でハーフダラーを再現してたの?」
そしたらヒナノは目をパチパチさせて。
「はーふだらー?」
「あっ、これのことなんだけど……」
俺はポッケからハーフダラー。ケネディの描かれたコインを取り出して、ヒナノに見せた。
「あー。それ! おじさんのコイン!」
「うん。これをハーフダラーって言うんだ」
俺はヒナノに渡してあげる。そしたら見慣れないコインが面白いのか、ヒナノはコインを指に挟んだりして遊んでいた……ん? いや、あれはまさか……
コインロールをやろうとしているのか?
「ヒナノ?」
「あっ、ごめん! 夢中になってて……シュン君が授業中にやってたみたいに、コインを回してみたくてさ!」
「ははっ、やっぱり見てたんだね」
「えへへっ」
俺はヒナノからコインを返して貰い……お望みのコインロールを披露した。久しぶりにやったけど、結構上手に出来て満足。
「わぁっー! やっぱりシュン君すごいよ!」
「ありがとね」
「これってマジックなの?」
「いや……これはフラリッシュって言って、マジックを華やかにしてくれる技のことなんだ。コインだけじゃなくて、トランプも使ったフラリッシュも沢山あって、それでフラリッシャーって人もいてね……」
「……」
あっ、しまった。話し過ぎてたみたい。あんまり分からないヒナノには退屈だよな。
「えっと……ごめん、喋り過ぎたよ」
「……ううん、いいのいいの! シュン君が楽しそうに話している所を見るの、私好きだからさ!」
「ほっ、本当に?」
「うん!」
ヒナノはそう言ってくれたけど、やっぱり気を使わせているんじゃないだろうか……? とか考えていると……ヒナノにコインを奪われた。
「あっ」
「もー。何か考え事してたでしょ? 私、もうシュン君のことだんだんと分かってきてるんだからねー?」
「えっ?」
そうなの? 自分ではよく分からないけど……考え事をする時に、何かする行動でもあるのだろうか?
「それで……質問の答えが遅れちゃったね。さっきシュン君の言った通り、私はこのおじさんを再現してみたんだよ!」
「……」
ケネディねそれ。
「それで理由だけどね……私、授業中にコインをクルクル回すシュン君がどーも気になっちゃってね。でも中々話すきっかけがなかったから……一か八か、黒板で再現したの!」
「はははっ……凄いね」
最近は高円寺に注目されがちで忘れてたけど……ヒナノも結構、思い切ったことをやる子なんだよな。
「それにシュン君は気付いてくれたみたいで、嬉しくなっちゃってさ! もっともっと話してみたいって思ったんだ!」
「そうだったのか」
ヒナノは俺自身に興味を持ってくれていたんだな……それを知って、少しだけ嬉しくなってしまう。
「でも、ちょっとしたお友達になるくらいのつもりだったんだけど……まさかここまで仲良くなるなんて、思ってなかったよ!」
「俺もだよ。そもそも俺は、ヒナノが話しかけてくれるまで、友達がいなかったしな……」
「ふふっ、でも今は勉強会のメンバーがいるじゃん!」
勉強会のメンバー……草刈、高円寺、委員長か。正直、あのメンバーを友達と換算していいのか分からないけど……ヒナノがそう言ってくれてるなら、入れていいのかもしれない。
「まぁ……みんなと仲良くなれたのは、ヒナノのおかげだよ」
「いやいや、私は何にもしてないよ。みんなとお友達になれたのは、シュン君の力なんだよ!」
「えっ? そうなのかな……?」
色々と思い返してみるけれど……みんなと知り合いになったきっかけは、どれもヒナノが絡んでいたように思える。
「そうだよ! シュン君は優しい人だから、人が沢山集まるんだと思うの!」
でもまぁ……ヒナノがそう言うなら。信じてもいいのかもしれないな。
「……ありがとう」
「別に私、お礼言われるようなことなんてしていないよ!」
そう言って彼女は「ふふっ」と笑った。やはり可愛い……彼女の笑顔は精神安定剤並の効果があるな……飲んだことないけと。
「……でもさー。最近はみんながいるから、中々2人きりになれなかったねー?」
「えっ?」
予想外の言葉に俺は驚く……えっ、何か……何かこの言葉、恋人みたいじゃないっすか!?
「もちろんみんなといるのも、賑やかで好きだけどさ……シュン君と2人でいるのはね、落ち着くというか……みんなとは違った楽しさがあって、私好きなんだー!」
「そうなんだ……嬉しいよ」
何とか落ち着いた感じでこう言ったけど……内心はめちゃくそ。飛び跳ねたいくらい嬉しいのだ。
「おっ、俺も……ヒナノと一緒にいるの。好きだよ」
「ふふっ、嬉しいな!」
あぁ…………幸せって。こういう時間のことを言うんですね。初めて知りましたよ。
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