第24話 予想外の言葉

「ひっ……ヒナノ?」


「…………じっとしてて」


「う……うん……」


「……」


「……」


「……」


 …………どれくらいの間、時間が経ったのだろうか。随分と長い時間だったのかもしれないし、短い時間だったのかもしれない。


 でも……俺はこの時間が。ヒナノの体温を身近で感じるのが……とても心地良かったんだ。


 ……しかし女性経験の全くない俺。この状況にどうやって反応すればいいのか、どんな行動をヒナノに返せばいいのかが分からなかったのだ。


 ずっとこのままでいる訳にはいかないし…………それなら俺も。同じ行動を取ろう。


「……あ、ありがとう。ヒナノ」


「……!」


 俺は少しだけしゃがみ、ヒナノの後ろに手を回して……背中をさすってやった。


「本当に……ごめんな?」


 そしたらヒナノは。


「うっ……うぅっ……!!」


 肩を震わせて……泣き出してしまうのだった。


「えっ、ごめん! そんなに嫌だった?」


「そんなわけないでしょ……ばっ、ばかぁ……!」


 と、更に手の力を強めて、俺を抱きしめてきた。


「……」


 正直、身体がスゲェ痛くなってきたんだけど……こんなの見せられて離れられる訳がないよな。


 俺はヒナノが落ち着くまで何度も……何度も背中をさすってやったんだ。


 ──


 しばらく経って、ヒナノが完全に落ち着いた頃。


 俺らは心理的にも物理的にも、いつもと同じような距離感で会話を進めるのだった。


「えへへ……ごめんね? 急に抱きついちゃって」


「いや……それは全然構わないんだけど」


「けど?」


「ヒナノ。今日は文化祭だろ? どうして俺が来るかどうかも分からない屋上なんかに……」


 するとヒナノは「ふふっ!」っと笑って。


「だってシュン君、来てくれたじゃんか!」


「え……?」


「私、絶対にシュン君は来てくれるって、信じてたんだよ!」


 全く疑いのない目で……そう言ったんだ。どうしてここまで。こんな俺を信頼してくれるんだろうな。


「……ごめん」


「どうして謝るの! シュン君は何も悪くないじゃんか…………って思ってたけど、1個だけあった!」


「え?」


「シュン君、どうして私の連絡を無視したの! 私、とっても寂しかったんだから!」


「あっ……それは……」


 確かにそれは怒られるべきことだよな。ここは正直に言おう。


「ヒナノに返す言葉が無かったから……かな」


「えっ? そんなの『元気だよー!』だけで良いんだよ!?」


「……そっか。そうだよな」


 ……正論かもしれん。結局俺はそれらしい理由を付けて……逃げたかっただけなのかもしれない。


 自分の不甲斐なさをしっかりと認めた俺は、ヒナノに謝るのだった。


「……えっと。ヒナノ。連絡返さなくてすみませんでした」


「うん! 謝ってくれたから、ちゃーんと許すよ!」


「……ありがとう」


 やはり彼女は天使である。


「それでヒナノ。聞いていいのか分からないけど……俺がいなくなった後、どんな感じだったんだ?」


 俺がそう聞くと、ヒナノは当時の状況を再現しているのか、オーバーな身振り手振りで説明してくれた。


「それはそれはもう大騒ぎだったよ! 衣装も小道具も全部壊されててさ!」


「……そっか」


 分かっていたことだけど……ヒナノの口から聞くとなると、また違った辛さがあるな。


「それでシュン君は停学って噂も出て……クラス中が大混乱しちゃったの」


「そりゃそうだよな」


 俺だってきっとそうなる。


「それで道具を壊した犯人探しが始まっちゃって……『シュン君がやった』なんて言う人もいたんだよ……ヒドイよね?」


「……仕方ないよ」


 当然、そう思うのも無理はないよな。だって停学の理由なんか皆に教える訳ないんだし……俺に人望だって無いから……その考えに辿り着くのは普通だ。


 だから……俺は俺を疑った奴らを責めることは出来ないよ。


「でも! でも私は絶対に違うって思ってて。それを皆に伝えようとしたら……」


「……したら?」


「委員長が颯爽と出てきて『藍野がそんなことをする訳がない』って皆に言い放ったんだよ!」


「……そうだったのか」


 委員長が……俺の為に。そんなことを。


「それで委員長に賛同する人も増えてきて! そして最終的には、文化祭の準備を手伝っていた全員は、シュン君のことを信じようって決めたんだよ!」


「……ほ、本当に?」


「うん! シュン君はちゃーんと仲間から信頼されているんだよ?」


「……」


 ヒナノの言葉に……俺は泣きそうになってしまう。こんな俺を信じてくれるなんて……どれだけ感謝すればいいんだよ。


「……でもね、犯人探しは終わらなかったの。シュン君じゃないのなら誰だーってなって」


「……それは嫌だな」


「うん……それで結局、犯人候補に挙げられたのが坂下君と上村君だったんだけど……」


 ……当たってるけれど。どうせアイツらアリバイ作ってるからな。言い逃れてるんだろうな。


 そう思いつつ、続きの話を聞いていたら……予想もしない言葉が、ヒナノの口から飛び出してきたのだ。





「学校、辞めちゃったんだよ。2人とも」


「…………えっ?」

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