第35話 発作
「ああいったことは、はじめて?」
気になって尋ねると、ソニアは俯いた。
「……ここまでのことははじめてです。でも何度かいやがらせのようなことは受けています……。物を隠されたり、呼び出されたり」
ソニアの物が、変なところで見つかることがあったけれど、それは隠されていたものだったのか。忘れ物とばかり思っていたが、そうではないこともあったのだ。
「クラスに優しいひともいるのですが、わたしがそのかたに優しくしてもらっているのを、気に食わないと感じるひとがいるんです。皆、王太子殿下の婚約者クリスティン様に憧れているから」
また自分の名が出て、クリスティンは頬が強張った。
「え?」
「クリスティン様をお慕いしている女子は多く、わたしもその一人なんですが、同じクラスでお声をかけてもらえることがあって。それで他の女子に嫉妬を受けて……」
ひょっとして──自分が原因で彼女はこんな目に遭っている?
なるべく彼女に関わらないようにしていた。
忘れ物を届けたりはしていたが、必要以上に接しないように気を付けていたのに……。
(どうして……。わたくしがしたこと、もしかして裏目に出ている……?)
呆然としていると、そのとき、心臓に鋭い痛みが走ったのだった。
(! 発作の前兆だわ……!)
クリスティンは強い焦燥感にとらわれる。
「──もう彼女たちが君にちょっかいを出すことはないと思う」
あれだけ脅かしたのだ、絡んでくることはないだろう。
「はい」
「では、これで」
早く、ここから立ち去り、薬を飲まなければ。
クリスティンがその場から去ろうとすると、胸の痛みはひどくなった。
「う……っ」
胸を押さえて、跪く。
「どうしたんですか……!?」
ソニアが顔色を変え、クリスティンの肩に手を置く。
力が入らない。
「呼吸が苦しそうです。仮面は外したほうが……」
「大丈夫……発作は、すぐにおさまるから……」
「駄目です!」
ソニアはそう言い、クリスティンの仮面を外した。
止める間もなく取られて、クリスティンは慌てる。
仮面の下から現れた顔を見、ソニアははっと息を呑んだ。
「……クリスティン様!?」
クリスティンは汗が滲み、喘ぐように息をする。
「クリスティン様だったんですか……!? ああ、とても苦しそう、どうしたら……!?」
「……薬を飲めば大丈夫……」
クリスティンはポケットからなんとか薬を取り出し、それを口に入れた。
「……これで、数分で、収まります」
肩で呼吸するクリスティンを、ソニアはきゅっと唇を噛み、心配そうに見つめる。
「本当に、大丈夫なんですか……!?」
クリスティンは青ざめながら頷く。
「ええ……」
「ああ……! クリスティン様がわたしを助けてくれていたんですね……!」
「……放って、おけませんでした……」
ソニアは泣きそうな顔で、クリスティンを見た。
「クリスティン様……! 体調の悪い身体をおして、わたしを……」
彼女は紅潮した顔を近づけて、クリスティンの頬に唇を押し当てた。
(……え……!?)
びっくりすると、彼女は発作で苦しんでいるクリスティンをうっとりと見つめていた。
「ソニア、さん……?」
彼女は我に返ったように、自身の唇を手で覆った。
「わたしったら、何を……! クリスティン様、すみません!」
彼女はそわそわと腰を上げた。
「じっとしている場合ではありませんでした。クリスティン様が苦しんでいるのに、わたしったら……!」
ソニアはクリスティンの身体をそっとその場に横たえる。
「すぐにお水を持ってきますね!」
駆けて行くソニアをクリスティンは動揺しつつ見送った。
薬の効果で徐々に胸の痛みが治まってくる。
クリスティンはゆっくりと立ち上がり、ソニアが戻ってくる前に、ふらつきながらそこを後にした。
(自分だと知られてしまった……)
しかし問題はそれよりも、クリスティンの行動で、ソニアが嫌がらせを受けていたことである。
全く知らなかった。
彼女を目で追ってはいたが、四六時中ではない。
クラスの中だけのことしかわからなかった。
ソニアには関わらないようにしていて、クリスティン自身も忙しかった。
悪役令嬢が意地悪をしなければ大丈夫だと思っていた。まさか陰で違う者たちからあんな嫌がらせを受けていたとは。
ヒロインは貴族が大半を占める学園では浮いた存在ではある。
悪役令嬢の所業がゲームではあまりにひどく、取り巻きの存在を忘れていた。
隅から隅までゲームの内容を覚えているわけでもない。
寮に戻り、頭を抱えた。
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