第27話 花祭り1

「クリスティン様、良い天気でよかったですね」

「ええ」

 

 月が変わり、クリスティンはメルと一緒に花祭りに出掛けた。

 

 大通りに咲き誇る花々は美しい。

 華やかな催し物がたくさんあって、歩いているだけで心が沸き立つ。

 派手な衣装で仮装をしている人も多かった。

 

 店の前に花籠が吊るされ、宝飾品、服、靴、壺、銀製品、陶磁器、書物など、様々な物が売られている。

 露店で商人が客を呼び止める声が響き、香辛料や焼けた肉、焦げた甘い砂糖、新鮮な果物の匂いが漂ってくる。

 陽の光のなかで街は輝いて、活気に溢れていた。

 

 

 クリスティンはアドレーには体調が悪いと話した。

 もしばったり会っても誤魔化せるよう、変装してきている。

 服は、運動の際に使っていたものだ。

 黒でまとめた男装姿で、帽子も被った。

 念のため顔を覆う黒布の仮面も持ってきている。

 メルは、今日は女装していない。

 

 彼と男同士のように歩きながら、周囲に視線を巡らした。

 ヒロインも花祭りに来ているはずだ。

 今、誰のルートに入っているか、彼女がどの人物と一緒かでわかる。

 立ち寄る場所はキャラによって異なり、たとえば、アドレーならレストラン、ラムゼイなら教会、リーなら噴水広場だったと思う。


(スチルとエピソードが一番多かったアドレー様が、可能性として大きいと思うのよね)


 だがメルの報告によると、アドレーとは未だ親密になっていないらしい。

 イベントが行われる場所に行けば、相手が誰なのか知ることができる。

 悪役令嬢の惨劇も、それぞれのルートで微妙に異なるので、とても気になる。

 

 だが、花祭りを純粋に楽しみたかった。

 今まで惨劇を回避するために人生の大部分の時間を費やし、神経をすり減らしてきたのだ。

 メルがクリスティンを誘ってくれたのも、そういうことを心配してかもしれない。

 今はひとまず恐ろしい未来を忘れよう。


(折角メルと花祭りに来たんですもの。日頃のお礼もしたいし)


 クリスティンは露店の前で立ち止まった。

 台の上に並べられている品物を眺め、そのうち一つを手に取る。

 メルの瞳と同じ、濃紺色のストーンのついたペンダント。

 シンプルで、男性がつけても違和感はなさそうだ。


「これどう思うかしら?」

「素敵だと思います」


 その言葉を聞き、クリスティンは露天商にお金を出した。


「すみません、これをください」

「あいよ」


 クリスティンはメルにペンダントを渡した。


「あなたに」

「え?」

「いつもお世話になっているから、プレゼント。薬を作って、お金が少し貯まってきたから」

 

 メルはびっくりしたように、首を横に振った。


「そんな……受け取れません。クリスティン様が貯められた大切なお金です。私のためなどにお使いになってはいけません」

「日頃のお礼がしたいのよ」

「こうして花祭りを二人で見て歩けるだけで、充分すぎるほどです」

「でも、もう買ってしまったし。折角だから、もらってはくれない? 嫌なら仕方ないけれど……」

「嫌だなんて!」

「じゃあ、もらってくれる?」


 メルは恐縮しながら、クリスティンからペンダントを受け取った。


「ありがとうございます、クリスティン様。一生、大事にします」


 彼はその場でペンダントをつけてくれた。


(どうしよう。無理やり受け取らせてしまったかしら……)


 クリスティンが申し訳なく思えば、メルは同じ店で、紫色のストーンのついたペンダントを購入した。

 クリスティンの瞳と同色で、彼とは色違いのものだ。

 露店から歩き出し、彼にペンダントを差し出される。

 

「私からはこちらを」


 クリスティンは彼に気を遣わせて、逆に悪いことをしてしまったと感じた。


「ごめんなさい、メル」


 謝ると、彼は不思議そうな顔をしたあと、はっと頬を赤らめた。


「申し訳ありません」

「?」 

 

 彼は俯き、手を下ろした。


「クリスティン様に、露店で買ったものを贈ろうとするなど……私は大変無礼な真似を……」

「いいえ、そういうことではないわ。わたくしもあなたに同じように贈ったでしょう?」

「あなたと私では違います」

「わたくし、あなたから贈ってもらって、とても嬉しい。でも悪いことをしてしまったと……」

「悪いこと……?」

「気を遣わせてしまったでしょう。それで謝ったの。押し付けるようにプレゼントしてしまって、しかもあなたにも買わせてしまったから」


 彼はかぶりを振る。


「私は気を遣ってそうしたのではありません。クリスティン様の瞳の色と同じペンダントがあって、お揃いだと思い、私も贈りたくなったのです。ですが失礼な真似をいたしました。私が贈ったものは、どうぞ処分なさってください」

「言ったでしょう? とても嬉しいのだから。メル、わたくしにつけてくれる?」


 彼は瞬いた。


「身につけていただけるのですか……?」

「もちろんよ」


 二人は人通りの激しい場所から少し離れたところまで行った。

 メルはクリスティンの後ろに立ち、ペンダントをつけてくれる。

 クリスティンは振り返り、メルを仰いだ。


「ありがとう、メル。大事にするわね」


 彼ははにかむように微笑んだ。クリスティンも笑顔を浮かべる。


「今まで人からもらったプレゼントの中で一番嬉しい。あなたと今日一緒に花祭りに来られてとても幸せ」


 正直な気持ちを伝えると、メルは棒立ちになった。


「クリスティン様……」


 メルは眼差しを伏せて言った。


「い、行きましょう、クリスティン様」

「ええ」

 

 二人は大通りに戻り、歩きだした。


「少し、暑いですね」

「そうかしら」


 風があるし、気温はそれほど高くないけれど。

 メルを見ると、心なしか顔が赤い。人込みを歩いていて、暑くなったのかもしれない。何か冷たいものでも口にすれば、体温も下がるだろう。


「あれ美味しそうじゃない?」


 クリスティンは店先で売っていたジュースを示した。


「そうですね」

「行ってみましょう」

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