第15話 各々の想い
皆、王太子であるアドレーに取り入ろうとするのに、クリスティンも以前はそうであったのに、肩透かしするくらい、今、執着をみせない。
媚びないところが、好感がもてる。
使用人も着ない恰好をし、男装して彼女は運動しているのだ。
情熱を注いでいる姿は美しく、着飾っていたときよりも綺麗だと感じる。
その情熱の一端でも、こちらに向けてくれればよいのにと、釈然としないものも感じてはいるが、クリスティンに焦がれているのも事実だ。
ラムゼイも、クリスティンに関心を示している。
以前は良くは思っていなかったのに。
手を出すことはないだろうが、親友だからわかる。ラムゼイは一度興味をもったものを、欲しがる男だ。
ダンスのレッスンをすることになったので、今後彼女がラムゼイの屋敷に行く土日に、彼女に会うようにするつもりである。
クリスティンの凝り固まった考えを、根気よくほぐそう。
誰が現れたとしても、目移りすることはないと、ちゃんとわかってもらうことが、今一番すべきことだ。
彼女も心を開いてくれ、互いの絆はきっと深まるはず。
(一筋縄ではいきそうにもないが……)
アドレーはクリスティンと結婚する日を待ち遠しく思っていた。
※※※※※
「クリスティン様、どうぞ」
「ありがとう」
アドレーが帰ったあと、クリスティンはテーブルにつきメルに紅茶を淹れてもらった。
美味しいお茶を飲み、心を癒す。
「先程は……アドレー様に、押し倒されているようでしたが……」
クリスティンは手にしたカップを取り落としそうになった。
「ち、違うから。アドレー様にダンスを教わっていて、転んでしまったのよ。それでああいった体勢になってしまったの。押し倒されたわけではないわ」
「そうだったのですか……」
メルはほっと、息を零す。
「驚きました」
クリスティンも驚いた。カップを傾け、紅茶を飲む。
「それより……わたくし、今後アドレー様にダンスを教わることになってしまったのよ……。そうなるとアドレー様と過ごす時間が増えてしまうし、試練のときだわ」
頭を抱えて深刻に悩むクリスティンに、メルは苦笑を浮かべる。
「喜ばしいことではないですか。婚約者のアドレー様と過ごす時間が増えるのは」
顔を上げて、クリスティンは横に立つメルを絶望的に見た。
「今から約一年半後にこっぴどく婚約破棄され、切り捨てられるの。わたくしはアドレー様と過ごしていると、恐怖で動悸息切れがするし、震えすら走るのだから……」
今日などはぴしりと心臓が凍り付いた。
「万一のときは、私がお守りしますので、大丈夫ですよ」
「あなたを巻き込むつもりはないわ。自分の手で、惨劇を回避してみせるから」
ぎゅっとクリスティンは拳を握りしめる。
「そのためにも、力を付けないと!」
「クリスティン様は、男五人がかりで襲われてもやすやすと撃退できます」
「万全を期す必要があるわ。学園入学まで半年を切ったんですもの。メル、これからも鍛えてちょうだい!」
恐怖のゲームが開始してしまう。
メルはふっと目を逸らせた。
「……リー様にお教えいただいたらよろしいのでは」
「え?」
「……いえ」
そういえば前、リーの話をしていて、途中になっていたような気がする。
メルは殺気がだだ漏れになっているとのことだけれど。
「あなたは、リー様に苛立つと話していたわね」
「……はい。クリスティン様がリー様に学んでいることを、私もお教えできます」
クリスティンははっと閃いた。
「そうだわ、メル。ならリー様の稽古にあなたも入って、三人で特訓しましょう!」
「三人で……?」
「そう。複数人に攻撃された場合に備えたいの。そうしましょう!」
メルは複雑な表情になったけれど、溜息をついて頷いた。
「わかりました」
「一年半後、婚約破棄されて、危機を乗り越えることができ、平穏を無事手に入れられたら、メル、お祝いしましょうね」
「婚約破棄されてお祝いですか……?」
「ええ」
心穏やかに過ごせる日を夢見て、クリスティンは頑張っているのである。
※※※※※
そんなお祝いをする日はこないとメルは思う。
なぜなら、アドレーは婚約破棄をしないだろうから。
クリスティンとの結婚をアドレーは望んでいる。
(アドレー様はクリスティン様に惹かれているのだ)
クリスティンが変わる前は、確かに義務的に彼女に会いに来ていたのかもしれない。
だが近頃は、王太子自身の意思で、会いたくて来ているのが一目瞭然だ。
クリスティンはそれに気づいていない。
徹底的にアドレーや周りに心を閉ざしているから。
アドレーが違う相手に恋をし、将来クリスティンとの婚約を破棄して切り捨てると思っている。
そんなことになるはずがないのに。
しかし彼女があまりに危機感を抱いているので、護身術を教えた。
彼女はそこいらの男なら簡単に撃退できる力を今は持っている。
無理やりアドレーに押し倒されたのであれば、彼から逃げることは可能だった。だがアドレーは王太子。
攻撃を仕掛けることはできなかったろう。
アドレーがクリスティンの上に覆いかぶさっていた、その光景が脳裏に焼き付いて離れない。
ただ転んだだけだったようだが、頭が真っ白になった。
(こんな風に思うのは間違っている)
そうわかっているのに、クリスティンに近づく男に対し、非常に苛々とする。
ラムゼイにも、スウィジンにも、リーにも。
己の気持ちを持て余している。
クリスティンのことを慕っているが、それは許されざる、危険な思いだ。
だから抑え込んでいるのだが、時折、表に出てしまうのだった。
(こんな気持ちは、なくしてしまわなければ)
どうしようもなくなる前に。
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