第394話 夜半の襲撃(その2)
初弾を避けられなかったが、狙撃を感知したセイジア・タリウスの反応は素早かった。
「セイ?」
「あっ?」
リブとセドリックを咄嗟に両腕に抱きかかえると、頭を低く下げたまま元来た方向へと移動を開始する。その数秒後に3人が今までいた位置に何本もの矢が殺到し、金髪の女騎士が即断即決で動いていなければ針鼠のようになった死体が出来上がっているはずだった。そして、
「こっちだ!」
「急いで!」
シーザー・レオンハルトとアリエル・フィッツシモンズの動き出しも早かった。セイたちを援護すべく接近した彼らにも矢が飛来したが、
「鉄荊鞭!」
ナーガ・リュウケイビッチが腰に巻いてあった金属の鞭で乱れ飛ぶ矢弾をことごとく撃墜する。意思の疎通を図るまでもなくそれぞれが守備のための最適解を導き出せたのは大陸でもトップクラスの若き騎士たちによる見事なコンビネーションと評するべきだった。シーザーがセドリックを、アルがリブを扉の陰まで引っ張り込み、ナーガも建物の中へと身を躍らせたが、
「2人を頼む」
とだけ言い残すと、セイはただひとり中庭へと駆け出すと、重い木製の扉を固く閉ざした。
「セイ? どうしてそんな?」
自殺行為としか思えない親友の行動に思わず悲鳴を上げたリブ・テンヴィーだったが、
「姐御、こらえてくれ。あいつのやっていることは正しい」
シーザーが苦渋に満ちた表情を浮かべ、アルもまた唇を強く噛みしめているのを見てしまえば何も言えなくなる。この状況では戦闘のプロたちの判断に素人の自分が反論できはしない、と気がついたのだ。白い壁際に身を寄せた男女の耳に、ひゅんひゅん、と矢が飛び交う甲高い音が届く。
(何を考えてやがる。ここは王宮だぞ)
シーザーは襲撃者たちに心の中で毒づいた。国王が住まう宮殿で暗殺に及ぼうとするのはテロリズムを越えた宣戦布告に等しい、一国を完全に敵に回す暴挙としか言いようがない。裏を返せば、それだけ犯人たちが常軌を逸しているということでもあって、簡単に撃退させられるとも思えなかった。正気を失った敵ほど恐ろしい、というのをまだ20代でありながら「アステラの若獅子」はよく知っていた。
「一体何が起こっているんだ?」
青ざめた顔で声を張り上げたセドリック・タリウスに、
「あまりにもいきなりなのでぼくにもよくわかりませんが」
同じ貴族として伯爵に対してそれなりに礼儀正しく振舞おうとするアルは、
「2つだけ確かなことがあります。ひとつは、今この場でぼくらがかなり追い詰められていて、特にセイさんが危なくなっていること」
愛する女子の名前をつぶやいたときにアルの眉間に深い皺が刻まれた。誇り高い少年騎士にとって、彼女が危機に陥っているのを何より耐えがたく感じているのかも知れなかった。
「そしてもうひとつは、そんな状況にぼくらを追い込んだ人間の正体です」
「なに?」
セドリックは驚きのあまり目を見開くが、
「といっても、わかったところで何かいいことがあるわけでもないんですけどね。この世界でも指折りの強さを誇る戦士がぼくらに敵対しているだなんて考えたくもありませんから」
そんな人が? とリブは愕然とする。シーザーとアルが一流の力量を有しているのはよく知っているつもりだったが、そんな彼らが悲観するほどに手強い相手ならセイだって危ないのではないか、と眩暈を覚えてしまう。
「そいつの名はソジ・トゥーイン。『マズカの黒鷲』とも呼ばれるいけすかないおっさんだ」
シーザーがいまいましげに吐き捨てると、
「あいつ、まだ諦めていなかったんだな」
ナーガは苛立たしげに天井を睨みつけた。セイジア・タリウスによって一度は退散させられたマズカ帝国大鷲騎士団団長が王宮に舞い戻り、「金色の戦乙女」に復讐戦を挑もうとしているのだ。
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