第371話 国境線上の秘闘(その5)

「魔神の大槌」は名門ゴルディオ家に代々受け継がれてきた伝説の武器であり、恵まれた体格もまた遺伝された歴代の当主はずばぬけた膂力でもって巨大なハンマーを振り回し、幾多の戦場に恐慌を巻き起こしてきた事実は広く知られている。だが、次期当主たるトールはどういうわけか血統の恩恵を受けられずに、身長も体重も平均を下回っていた。思春期を迎えても成長が見られない体に貴族の少年は大いに焦って、考えられる限りの対処法を試しはしたものの捗々しい効果が挙がることなく、実家を留守にしがちの父親(実に堂々たる体躯を誇っていた)はたまに会った息子に失望と軽蔑が入り混じった視線を送るだけで、そのたびに少年は期待に応えられない自分自身を責めずにはいられなかった。

「トール様が悪いのではありません」

ゴルディオ家の嫡男に仕えるメイドのビリジアナはどうにか慰めようとしたが、たとえ父親が誤っていようとも、彼の身体が大きくなるわけではなく、問題が何一つ解決するわけでもなかった。

「諦めてたまるものか」

それでもトールはくじけなかった。背の高さを理由にして栄えある名家の伝統を絶やすわけにはいかない、と13歳で騎士としての第一歩を踏み出してから、偉大なる祖先に連なるべく「魔神の大槌」を我が物にしようと心に決めた。とはいえ、英雄のみが手にする資格を有する重厚な武具を使いこなすためには、筆舌に尽くしがたい試練を乗り越える必要があった。


「くそっ!」

トールは訓練場の床の上に仰向けに倒れ込んだ。裸の上半身は汗にまみれ、手の皮は破けて肉が露出し、酷使された両腕を激痛がかけめぐっている。ゴルディオ家の本宅の地下に設けられた特別な部屋で特訓を開始してから、もう何時間が経っているのかわからなくなっていた。

(どうしてもだめなのか!)

寝そべったまま15歳の少年は横向きに置かれた「魔神の大槌」を睨みつけた。規格外の得物を操るために1年以上訓練を続けてきたが、どうしても上手くいかないのだ。長く苛酷な日々の中で、わずかながら上達はしていた。最初は全く動かせなかったハンマーを地面から浮かし、持ち上げ、肩に担ぎ、そして振ることまではできるようになった。ちびでやせっぽち、と騎士団の先輩たちに馬鹿にされていたトールにしてみれば驚異的な成長、というべきだったが、御曹司には全くもって満足できるものではなかった。この巨大トンカチを一度振ると踏ん張りがきかずに倒れ込んでしまい、しかも狙いをつけることもできないのだ。それでどうして「武器」と呼べるのだろうか。古代より伝わってきた鉄槌に宿る何者か(その名の通り「魔神」なのか?)が非力な少年に触れられるのを否定しているみたいだ、と疲労のあまりあらぬ妄想が浮かんできたのに力なく笑って、

(まだだ。まだやれる)

トールはふらふらと上半身を起こす。鉄鯱騎士団での下積み生活は意固地なだけだったお坊ちゃんに苦しみと向かい合えるだけの勇気を植え付け、一人の男へと変えていた。体は折れようとも心は絶対折るものか、と「魔神の大槌」へと再び動き出そうとしたそのとき、

「トール様、もうおやめください!」

ビリジアナが地下室へと駆けこんできた。

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