第357話 策と策(その4)
「リボン・アマカリー! 貴様は一体何を浮かれておるのか!」
憤然と立ち上がったジムニー・ファンタンゴをリボン・アマカリーの名も持つリブ・テンヴィーは一瞥して、
「まだ何かご用があるのかしら? 青瓢箪さん」
きわめて冷たくあしらった。路上でひからびた犬の糞以下の代物を見るかのような視線に晒されただけでなく、さっき出来たばかりの最悪のあだ名で呼ばれるというダブルパンチを食らった宰相はますます逆上して、
「自分の置かれた立場がよくわかっておらんようだな。そうやって飲んだくれていられるのも今のうちだ」
いい気になるなよ、とファンタンゴは凄味をきかせる。口にしている酒はやがて苦い味に変わり、無礼この上ない女が意気消沈してぺしゃんこになるのが見ものだ、と早くも勝利を確信した男に、
「もしかして、あなたが一人でドタバタ騒いでいるのは、帝国に増援を要請したとかいう話?」
リブは大して興味なさそうに訊き返す。あたりまえだ。この状況で他に何を考えることがある、と体内の血流の速度が上昇していく一方の政治家が食ってかかると、
「ふーん」
と女占い師は空になった玻璃の杯を名残惜しそうに見つめながら、
「その件に関して感想を一言だけ言わせていただくなら」
ふう、と桜色に染まった溜息をついてから、
「ああ、本当によかった、としか言いようがないわね」
は? とファンタンゴのみならず、セイも国王スコットもシーザーもアルもナーガも含めた全員の頭上に大きなクエスチョンマークが浮かび上がる。王国の危機にあって何が「よかった」というのか、と誰しもが思ったところへ、
「あの、リブ、さすがに今の発言はどうかと思うが」
セドリック・タリウスにたしなめるように言われて、リブは自らの失策に気づく。この世の中の人がみんな自分と同じように物事を考えていると思ってはいけないのだ、と子供の頃から気をつけているいるつもりでも、つい間違いを犯してしまう。頭が良すぎるのも考え物ね、と自慢とも自戒ともつかないことを考えてから、
「言葉足らずだったようだから、説明させてもらうわね」
落第生の居残りに付き合う女教師を思わせる優しげな表情になって、
「みんな心配することないわ。それに関しては既に対処済みよ」
と聞く者をさらに驚かせることを言ってから、
「青瓢箪さん、まだおわかりになっていないようだからはっきり言ってあげるけど、あなたの手の内はわたしには全てお見通しなのよ」
まだわたしに勝てるつもりでいるの? と言わんばかりの自信満々の笑みを浮かべる。
「だから当然、マズカから援軍を呼ぶであろう、ということも事前に予想できたから、帝国からやってくる騎士団を防ぐために国境付近に備えを講じてあったというわけ」
ただねえ、と悩ましげに首を傾げて、
「100%絶対確実に敵が来る保証はないから、もしかすると無駄足を踏ませちゃうんじゃないかなあ、って気になっていたのよ。ほら、あのあたりって人気の無い寂しい場所だから、一晩中待ちぼうけをさせてしまったらかわいそうだなあ、って心配していたの」
なるほど、それで「よかった」と言ったのか、とナーガは理解する。リブにとって敵襲はむしろ歓迎すべき事態だったのだ。
「ちょっと待ってくれよ、姐御」
シーザー・レオンハルトの問う声が若干おどおどしていたのは、年上の美女に対して緊張していたためだったが、
「さっき『備え』って言ってたけどよ、いったい誰を行かせたんだ?」
青年騎士の疑問はもっともなものだといえた。王立騎士団を派遣できない以上、国防に割ける戦力はアステラにはないはずなのだ。
「もしかして、傭兵を雇ったんですか?」
アリエル・フィッツシモンズの言葉に顔をほころばせたリブは、
「それもありなんだろうけど、今回の場合は本当に信頼できる人に頼みたかったから」
かすかに首を横に振って少年の推測を否定すると、
「とある退役軍人の方にお願いしたのよ。この国が危ないのです。どうかお助けください、ってね」
何かを思い出したかのように唇でカーブを描いて、
「ものすごく頑固な人だって聞いていたから、説得するのに骨が折れるんじゃないか、って思ってたら、案外すぐに引き受けてくれたから拍子抜けしちゃったけど」
でも、あの人に任せたら絶対上手くいくわ、とリブにウインクされた瞬間に、
「あっ!」
セイは思わず叫ぶ。ジムニー・ファンタンゴの策にリブ・テンヴィーがぶつけた策の真相に思い当たったのだ。
「そういうことか、リブ」
金髪の女騎士は青い瞳を強く輝かせて、
「そうか。あの人が再び立ち上がってくれたのか」
感動と興奮で震える拳を握りしめた。
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