第352話 女王蜂の一刺し(その4)
(二段構えの策略だ)
アリエル・フィッツシモンズはリブ・テンヴィーの推理を頭の中でまとめていた。国王スコットと皇帝の娘との婚儀によってマズカのアステラへの影響力をより一層強める計画と、王が帝国の意図するように動かなかった場合にその座から放逐し帝国の皇子に後を継がせる計画だ。先程リブが解説したようにアステラ王室とマズカ帝室には血縁関係が存在しているため、王位継承の正当性は一応認められる可能性が高かった。したがって、今この場では抵抗の意思を示している重臣たちも、計画が実行に移されれば大人しく従うよりほかはないだろうし、帝国と王国が同化するのを喜ぶ者も中には出てくるかもしれない。強引とも取れる陰謀であってもひとたび結婚が正式に決定すれば覆すのはきわめて困難であったはずで、今の段階で発覚したのは幸運としか言いようがない、と若き騎士は顔見知りの女占い師に感謝するしかなかった。
「何を申すか! ひとえに両国の親交を深めようとする思いがあればこそ進めた話だ。妄想をたくましくするのもいい加減にしろ!」
雰囲気がさらに悪化したのを悟ったジムニー・ファンタンゴは顎が外れんばかりに口を開けて叫ぶが、
「だから、その『親交』が問題なんだ、って言ってるんじゃない」
わからない人ね、とリブ・テンヴィーは緊迫した場面に不釣り合いな色っぽい表情になって、
「ねえ、宰相様。あなたはその地位に就かれてからも帝国本土を何度となく訪れたことがあって、この王宮にある宰相専用の執務室には帝国の外交官が毎日のようにやってきて、向こうのお偉方とも頻繁に手紙のやり取りをしている。これはわたしのような部外者でも知っている周知の事実だけど」
開いていた扇を閉じて、
「そういった交渉の中で、わが国王陛下を追放する算段を相談していなかった、とは言わせないわ」
「ぬかせ! リボン・アマカリー、これ以上事実無根なデマを並べ立てると」
美女は頭上に伸ばした扇を持った左手を男に向かって振り下ろし、脳天唐竹割りのごとき鋭い挙動が王国の執政者のそれ以上の反撃を封じる。
「たとえ実際に話をしていなかったとしても、考えてはいたんでしょう? 陛下の忠実な家来として、裏切りを働こうと頭の隅に思い浮かべただけでも重い罪だと言えるわ」
音もなく滑るように前に進み出て、
「心にやましいところが全くない、というのならはっきり言ってごらんなさい。アステラ国王のしもべとして、いざというときには陛下のために身を捨てる用意がある、と」
それができたならあなたの覚悟を認めないでもないわ、とリブに嘲笑われた宰相は、蒼穹をはばたく天使に見下ろされた蟻になったかのような心持ちになってから、
(舐め腐りおって!)
年長者に対する敬意を何処かに打ちやった若い娘の無礼千万な態度に五臓六腑を沸騰させながら、
(言ってやる! それくらいのことが言えないでどうするのか)
国王スコットへの忠誠を改めて誓おうとする。これまで何度となく宣言してきたことであり、読み書きの出来ない無学な農夫でも「国王陛下万歳!」と言えるのだ。ディベートの達人である自分が出来ないはずがない、と勢い込んで口にしようとしたが、
(えっ?)
ジムニー・ファンタンゴは大いに戸惑っていた。何故なら、声高らかに宣誓したつもりだったのに、
「かふっ、かっ、かっ、かふっ。あ、あああああ」
彼の口からは長きにわたって病んでいる者が発する哀れな咳しか出なかったからだ。
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