第348話 真相(その9)
かくして、リブ・テンヴィーはさらに応答を続けようとする。花のあでやかさと獣の猛々しさを併せ持った美女は、
「ジムニー・ファンタンゴ、あなたほど滑稽な人物を見たのはわたしのそんなに長くない人生でも初めてよ」
笑みとともに再び戦端を開いた。
「小娘が、何を無礼な」
長い顔を歪めて憤る王国の宰相を女占い師は軽く笑い飛ばし、
「だって、そうとしか言いようがないんだもの。セイジア・タリウスというたったひとりの女の子にびびりまくって、騎士団長を辞めさせたばかりか、都から追放して、挙句の果てに軍隊まで送り込んで葬り去ろうとしたのに、結局目的を達成できなかったのを滑稽と言わずして何を滑稽と言うのかしら? よくもまあそんなていたらくで、世界を変えるとか大層なことを言えたものね。あなた、政治家よりもコメディアンに向いているから今すぐ転職したらいいわ。わたしは劇場に伝手があるからすぐに舞台に立てると思うわよ」
痛烈な皮肉にファンタンゴは返す言葉を失うほどに激怒し絶句してしまうが、リブの追撃はなおも続く。
「好き嫌いは自然な感情だから、あなたがセイを嫌いでも仕方がないと思うわ。でもね、『わたしがあいつを嫌うのは正しい』と思いこんで、間違った相手になら何をしても許される、と思い込んだのがあなたの最大の失敗であり、あなたも心の何処かで自分の正しさを信じ切れていなかったんじゃないかしら」
「馬鹿を言うな。わたしはいつでも正しいのだ。そうに決まっている」
感情的になってわめく宰相に体温が低くなるのを感じながら「あら、そう?」と小さく首を傾げたリブは、
「でも、セディ、じゃなかった、タリウス伯爵にセイを遠くへやるように仕向けたのは、心にやましいところがあったとしか思えないんだけど」
愛するセドリック・タリウスに、ちらり、と目を向けてから再びファンタンゴに向き直り、
「罪を犯したわけでもない人間を追放するのは法律上許されるものではなく、以前騎士団長をしていて今もみんなの人気者のセイが追い払われるとしたら大騒ぎになるに決まっていて、あなたは二重の意味でそうなるのを恐れたのよ。セイに向かい合う勇気もないくせに、実の兄に妹を追い払わせるなんて、石ころの下に潜んで暮らす虫けらよりもいじましい心、としか言いようがないわね。一国の大臣、という以前に一人の人間として恥ずかしくないのかしら?」
優美な曲線を描く肩をすくめて、
「みじめな男ね、ジムニー・ファンタンゴ」
リブ・テンヴィーが憐れみに満ちた呟きを発した途端、
「黙れ!」
ファンタンゴの理性は決壊し、
「黙れ! 黙れ! 黙れ!」
高い天井につるされたシャンデリアが揺れるほどの怒号を発していた。
「おい、宰相。落ち着かぬか」
いつも冷徹な家臣の醜態を見かねた国王スコットが慌てて諫めると、
「大義の何たるかを知ろうともせずに豚のように眠りこける愚民どもに、わたしの心がわかってたまるものか」
口の端にあぶくを溜めた政治家は早い口調でまくしたて、
「リボン・アマカリー。貴様のごときあばずれには理解が及ばなくても無理はないが、わたしにはセイジア・タリウスを遠ざけなくてはならないしかるべき理由があったのだ」
「嘘おっしゃい。そんなのあるわけがないわ」
リブは即座に否定してみせたが、これは男の発言を引き出すための一種の呼び水だった。宰相の中にある固く閉ざされた扉が破れ、本心が露出しかけているのを腕利きの占い師は察知したのだ。そして、
「嘘ではない。タリウスが都に残ればわたしの計算は成り立たなくなってしまう、と思ったのだ。だからこそ、一刻の猶予もなく即刻消えてもらう必要があった」
彼女の目論見通りにファンタンゴは真実を語ろうとする。数秒の後、
「あの女は陛下を変えようとしていた」
ぼそっ、と宰相が呟いた瞬間に、
「は?」
アステラ王は思わず声を上げてしまったが、ファンタンゴの告白は続く。
「もしかすると、陛下御自身にも自覚はなかったのかもしれないが、いつもお側に控えているわたしにはわかった。これまで陛下はわたしの理想と寸分違わぬ在り様をお示しになられていたが、セイジア・タリウスという異分子がそれを乱そうとしていた。そして、何より陛下の御心はあの者の」
「よさぬか!」
玉座にある若き王が発した怒声に宰相だけでなく全ての者の動きが止まる。顔を赤くし息を弾ませた高貴な青年は、
「それ以上申すと、いくらおまえでも許さぬぞ、ファンタンゴ」
鈍く光る血走った目でファンタンゴを睨みつけた。我を失いかけたことに思い至った政治家が、
「申し訳ありませぬ。どうかお許しを」
長身の身体を折り曲げて主君に詫びると、国王スコットは叱られた少年のように、ぷいっ、と無言のまま顔をそむけた。
(一体何が起こっている?)
セイにはさっぱりわからなかった。宰相の言葉の中で自分の名前が出てきたのはわかったが、彼が語ったことの意味するものは読み取れず、それは聡明なリブ・テンヴィーであっても同様だった。しかし、
(よくわからないけど、今がチャンスだわ)
ジムニー・ファンタンゴの一連の行動によって好機が到来したのを、この国で一番の美女は感じていた。
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