第347話 真相(その8)
「大変興味深い講義だったけど」
リブ・テンヴィーは手にした扇で両肩をかわるがわる叩きながら、
「その話とあなたがセイを嫌っている理由がどんな関係があるというの?」
ジムニー・ファンタンゴに訊ねた。すると、王国随一の権力者はやや下方に目線を送って、
「セイジア・タリウス、あの女はわたしにとって未知数な、『X』としか表現できない存在だ」
眉間に深い皺を寄せたファンタンゴは、
「あるときはゼロかと思えばまたあるときは無限大、マイナスかと思えば1秒後にはプラスに転じる、わたしの目をもってしても計測不能で、実に傍迷惑としか言いようがない」
ひどい言われようだ、とセイはむくれるが、
「まあ、セイがわけのわからないやつだというのは否定できねえな」
シーザー・レオンハルトがぶんぶんと音が鳴るほどに大きく頷き、
「時間が経てば落ち着いてくれる、と思っていたのですが、年々ひどくなっていく一方ですからねえ」
副官として仕えた日々を思い起こしたアリエル・フィッツシモンズにも同調されて、「おまえたちまで!」と女騎士は涙目になるしかない。この物語のヒロインがショックを受けているのをよそにファンタンゴの話は続く。
「他にそんな人間はこの世界に居はしない。タリウスさえいなければ、全てはひとつの方程式の下に収まり、完璧なる秩序が出来上がるはずなのだ」
度重なる試練を強いる神を恨むかのように政治家は天を仰ぎ見て、
「美酒に浮かんだ
だから、なんとしてでも排除しようとしたのだ、と興奮のあまり吠え立てる宰相を睨みつける女騎士は、
(こいつ、殴ってやろうか)
堪忍袋の緒が切れかけているのを感じた。公衆の面前、しかも国王の見守る中で蛮行に及んだところで事態は悪くなるばかりだ、と頭ではわかっていた。とはいえ、自分に何か落ち度があったわけでもないのに人格を全否定する発言をされては、さすがにぶち切れても無理はない、と思われるところだったが、
(今はまだわたしの出番じゃない)
という直感がセイを辛うじて食い止めていた。ならば誰の出番なのか、といえば彼女の友人に違いなく、
(人の見方は実にさまざまね)
当のリブは頬に手を当ててわずかの間だけ物思いに耽った(ちなみにこの間もファンタンゴはセイを罵倒し続けている)。数字に取り憑かれた
(それがこの子のいいところなのよ)
ファンタンゴとは正反対にセイの「わけのわからなさ」を美点として愛していた。目的地は変更不可で、道中で何が起こるか事前に通知されている旅路など味気ないにも程がある。セイジア・タリウスとの生活にひとつとして同じ日は存在せず、先の読めない暮らしの中で今まで気づかなかった自分の一面に出会ったことも何度もあった。予測不能な毎日こそが人生を豊かにしてくれるのだ。ジムニー・ファンタンゴの企みはそんな可能性を人々から奪い取ろうというもので、リブにとっても到底看過できるものではなかった。
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