第346話 真相(その7)

(お腹がすいたし眠いなあ)

セイジア・タリウスは欠伸を噛み殺しながら「飯を寄越せ」と騒ぎ立てようとする腹の虫をなだめるのに気持ちが行っていて、ジムニー・ファンタンゴの弁明を気にしている余裕はなかった。昨日の早朝にジンバ村を出て都へと長駆やってきたのに加えて、王立騎士団のピンチを救ってもいたので、あふれんばかりのバイタリティを誇る女騎士でも疲労の色は隠せなかったのだ。もっとも、セイがベストコンディションだったとしても、思考より先に身体が動く性質の彼女が宰相の長ったらしい言葉の羅列を真面目に聞くとも思えなかったが、

「そのためには貴様が邪魔だったのだ、セイジア・タリウス!」

完全に油断しきっていたところへファンタンゴに突然名前を呼ばれて、

「ほえ?」

と緩みきった表情(これはこれで可愛らしかったが)で間の抜けた声をあげてしまう。騎士らしくもっとしゃんとしろよ、と隣に立つナーガ・リュウケイビッチは呆れ返り、

「貴様、どこまで人を舐めてくれるのだ。女のくせに年下のくせに学もないくせに」

王国の執政者は取り戻しかけていた冷静さを再び手放してしまう。必死で語りかけているのに不真面目な態度をとられたら百人中百人は怒るに決まっていて、陰険で人好きのしない政治家であってもこのときばかりは同情されるべきだったのだろう。

「いや、あの、ちょっと待ってくれ。わたしは貴殿の邪魔になるようなことをした覚えなどないぞ」

さすがに気が咎めたのか、セイは慌てて言い訳をするが、

「笑わせるな。権限もないのに独断で停戦工作をして、わたしの計画を頓挫させたのを忘れたとは言わせんぞ」

辣腕の宰相に恨み言をぶちまけられた金髪の女騎士はむっとして、

「それは邪魔ではなく善行というべきだ。その計画とやらを実行に移していたら、今頃わが国だけでなく大陸全土が地獄に変わっていただろうからな。その点を感謝されることはあっても文句を言われる筋合いなどない」

きっぱりと言い切ってから、

「陛下も戦争が終わってよかったとお思いですよね?」

いきなり国王スコットへと明るい声を掛けると、

「あ、ああ。もちろんだ。無意味で無目的な争いが続くことは余の望むところではない」

玉座に腰掛ける青年はどぎまぎしながら言葉を返す。主君の同意が得られず、分が悪いとみたファンタンゴは、

「セイジア・タリウスよ。そもそも貴様という一人の人間を、わたしはどうあっても認められんのだ。貴様が存在すること自体が、わたしには耐えがたい苦痛なのだ」

女騎士の顔を指さして非難する。

(え? わたし、この人にそんな悪いことしたっけ?)

あまりの言われように怒りも悲しみも通り越して真っ白になったセイを嘲るように鼻で笑ったファンタンゴは、

「わたしが数学を愛しているというのは先刻述べた通りだが、そればかりではない」

算盤を巧みに操るおのが長く細い手指を見下ろし、

「わたしはこの世界をひとつのデータとして把握している。人はみな固有の数値を持って生まれ落ちた存在であり、肉体も精神も0から9のナンバーで全て表現しうるのだ。だが、凡人にそれを見抜くことは出来ない。選ばれし者であるわたしだけが、諸君らの与えられた役割を理解し、ひとつの数式を作り上げ、正しい答えを導き出すことができるのだ」

男が何を言っているのかは誰にもわからなかった(本人もわかっているのだろうか?)。しかし、ジムニー・ファンタンゴのまなざしが実験動物を観察する科学者よりも硬く冷たいものであるのは、視線を向けられた人々には伝わっていた。彼は自分以外の何者も犬か虫かそれよりも価値のないものとしか思ってはいない。人の外見をしながら人から最も遠い存在がそこにいて、しかもそれがこの王国の統治に深く関わっている事実に、

「やばいおっさんなのはわかっていたつもりだけどよ、こっちが思っていた以上にやばい奴だったわ」

シーザー・レオンハルトの口ぶりを「品がない」と思いながらも、アリエル・フィッツスモンズも同意せざるを得なかった。

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