第332話 見えない侵略(その2)

「見えない侵略」というフェアリーテイルらしからぬおどろおどろしいタイトルを耳にした人々の腰が引けたのを感じたリブ・テンヴィーは噴き出して、

「そんなに怖がらないで。ちょっとした寓話のようなものなんだから」

と白いブラウスに包まれた豊かな胸を誇示するかのように突き出して、

「これはとある王国にまつわるお話よ。その国は全体的に平坦な土地で温暖な気候の下で、寛大な王様に治められて領民たちは幸せに、といっても、もちろんみんながみんな幸せというわけには行かなかったから、比較的幸せに暮らしていました、と言うべきなんでしょうね」

おとぎ話なのに正確を期そうとするのも妙だったが、

(わがアステラみたいな国だ)

セイジア・タリウスが思ったのと似たり寄ったりのことを聞く者たちは連想した。といっても、物語の舞台設定としてはよくあるものなのでそこまで疑念を持ちはしなかったのだが、

「その国の隣には強大な帝国が存在していました。その帝国は、国土の広さ、人口の多さを初めとして何倍もの国力を誇る強大な国家でしたが、王国とは長年にわたって同盟関係にあり、王室と帝室とが姻戚関係を結んでいたということもあって、両国の間はまずまず上手くいっているように見えました」

リブが語った物語の続きを耳にして、大広間に入った人間の半数ほどが「あれ?」と首を傾げていた。その2つの国はアステラ王国とマズカ帝国との関係に瓜二つではないか。

(これはただのお話じゃない)

優秀なアリエル・フィッツシモンズは以前から世話になっている(色仕掛けには困らされていたが)女占い師が語るストーリーに何らかの仕掛けがあると早くもこの段階で察したが、だからといって止める訳にはいかなかったし、結末を知りたい気持ちもあったので黙って耳をそばだてることにした。

「ところが、新たな皇帝が即位したことで状況は一変したの。といっても、その人は暴君や馬鹿殿なんかじゃなくて、有り余るバイタリティでもって国中の様々な難題の解決に取り組んで、旧弊な制度を次々と改革していき、立ち塞がる既得権者たちを次々と打ち倒していった、新皇帝はまさに英雄と呼ぶにふさわしい人だった、と言えるわ」

「お嬢さん、ここまで聞く限りでは、その皇帝陛下は非の打ち所のない立派なお方だと思えるが」

かつては大学で教鞭を執っていた文部大臣が思わず口を挟んだのに、

「ええ、その通りね。わたしから見てもとても立派な人だと思うわ」

リブ・テンヴィーは小さく頷いて、

「でも、過ぎたるは及ばざるがごとし、というのは何事にも言えることで、この皇帝はあまりにも立派すぎたのよ。だから、他人の欠点や弱さを許すことができず、家臣たちのわずかな過ちも見逃さずに容赦なく罰していった。だから、優れた統治者でありながらも誰からも信頼を得られずに、圧倒的な力でもって国民を恐怖によって跪かせるしかない、ある意味この世で一番孤独な人なのかも知れないわね」

麗しの貴婦人の口ぶりには皮肉ではなく憐憫がのぞいていたが、

(まさしくあのお方のことではないのか)

国王スコットの脳裏にはマズカ皇帝の姿がまざまざと描き出されていた。首脳同士ということもあって、直接相対した機会は数えるほどしかなかったが、面会するたびに濃い眉毛の下で炯々と光る大きな目に射すくめられたような心地になって、

(皇帝陛下こそが真の帝王なのだ)

とおのれの卑小さを実感するしかなかった。たまたま王家に連なる家柄に生まれて時の運で即位した凡庸な自分とは違って、帝は国を掌握するだけの力を備えた巨人だった(実際、彼は皇帝になるために家族をその手に掛けて抹殺していたのだが)。だから、皇帝から「平和条約」の締結を持ちかけられた際には、アステラ王自身が乗り気になったのとは別に、

「このお方の話を断るわけにはいかない」

と抵抗する意思を最初からなくしていた面も少なからずあったのに、若き王が今頃気づいて愕然としているのを知ってか知らずか、リブ・テンヴィーは落ち着いた口調で「見えない侵略」という物語を語り続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る