第329話 さらなる切り札(その4)

「使命だと?」

呻きに近い声を上げた国王スコットに「はい」とリブ・テンヴィーはうやうやしく頭を下げてから、机の上に並べられた文書類へと腕を伸ばした。

「これだけの国が『平和条約』に加盟したいと申し出てきたのです。その思いを国の長としてしっかりと受け止めなければなりません。陛下はこれよりアステラ一国を越えて他の国々のためにも働く務めを負われることとなったのです」

厳しくも人間らしいぬくもりも含まれた叱咤に「ううむ」と唸った若き王族は、

「となると、やはり条約を変えねばならない、ということだな」

改正の必要がある、というのはセイジア・タリウスの意見を受けてから考えてきたことだったが、書面によって各国の意思が示された以上、決して無下には扱えない、というのは王にもよくわかっていた。いい加減な行動をとれば世界中から怨嗟がこの王国に集中しかねない。重大な決断を迫られつつある高貴な青年に、

「わたしの個人的な経験を鑑みて言わせていただくなら」

女占い師が顔を上げると、形のいい高い鼻もつられて上を向いた。

「仲間思いの人が仲間でない人に対して冷酷に振舞う、ということは決して珍しくありません。強い結束は深い分断をしばしば生み出すものなのです」

迂遠とも受け取れるたとえだったが、

「こたびの条約は世界に不和をもたらすおそれがある、ということか」

明敏な王はリブの言わんとするところを受け止めていた。

「まさしくその通りかと。条約に加わった国とそうでない国との間に対立を生じかねません。ですから全ての国が参加する必要があるのです」

つまり、と羽根つきの扇を高く掲げて、

「平和条約、ではなく、世界をひとつにするための条約を目指すべきなのです。陛下、まなざしをもっと高くお持ちになられませ。王者にふさわしい志と自信を持たねば、民は安心して日々を送れませぬ」

暗転した舞台でスポットライトの中に一人立つ主演女優のごとくリブ・テンヴィーは神々しさすら帯びた姿で国王スコットを励ました。

(世界をひとつに、か)

それこそが目指すべきものだ、とアステラの君主は気付かされた。いや、気付いてはいたが「できるわけがない」と諦めていた夢と呼ぶのが正確だろう。だが、叶わなくても届かなくても目指し続けるべきではないのか。ブルネットの髪を戴く美女に一歩前に踏み出すための勇気を与えられたような気分になっていた。

(おれらのやりかたはよくなかったのかもな)

シーザー・レオンハルトはひそかに反省していた。彼をはじめとした家臣たちは「平和条約」の締結を発表した主君が理想に傾きすぎているとリアリズムの立場から批判したのだが、理想というものは強く踏みつけられればそれだけ反発するものらしく、王の心をかえって頑なにしてしまい説得に成功するまでには至らなかった。それに対して、セイは「かつての敵と友好関係を結ぶべきだ」と別の理想を語り、そして今リブは「もっと大きな目標を持て」と告げ、2人は理想主義者たる王を決して否定はしたりはせず、その寛大な姿勢は功を奏しつつある、と青年騎士の目にも見えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る