第302話 女騎士さん、提案する(その9)
セイジア・タリウスから「平和条約」がもたらす最悪の未来予想図を聞かされた国王スコットは、
「馬鹿な。そんなことは余が許さん。断じてそのようにはさせない」
興奮しながら右手を玉座に打ち付けた。物に当たったことのない温厚な青年が「らしくない」行為に走った代償として、腕がびりびりと痺れてしまったが、それがあまり気にならなかったのは、以前彼のために身命を賭して働いてくれた女騎士の青い瞳がこちらを見つめているのに魅入られてしまったからだ。彼女は何も語りはしない。だが、
(あなたにそれができるのですか?)
よく光る二つの目が直截に問いかけてきた。そして、「できる」と答えるだけの自信を今の王は持っていなかった。彼のあずかり知らない場所であまりに多くの出来事が起こりすぎて、この大広間に入ってきたときとは違う自分になってしまったような気分だった。
(もしかして、余は騙されていたのか?)
と思ってから、それどころか世界中の人々を相手にした大規模な詐欺の片棒を担いでいる、と考えるのが妥当だと思い直す。気づく機会はあったはずなのに、自分から騙されたがっていたのだから世話はなかった。この件に関して自分は被害者ではなく加害者なのだ。空が落ちてきて地面がなくなってしまったかのような心許なさで一杯になった王の耳に、
「なるほどなあ。『愛国心は悪党の隠れ家だ』って昔うちの親父が言っていたが、平和ってやつの裏側でも悪事が進められているものなのかもしれねえな」
シーザー・レオンハルトが彼らしくもない妙に深みのあることを言っているのが聞こえ、おのれが仰々しく掲げた平和だの正義だのといった信念がいかに薄っぺらいものであったかを思ってから、
(薄っぺらいのは余自身だ)
信念そのものは尊いものだが、それを貫くだけの力と意思が決定的に足りていない、と考えるのが正しいのだろう、と自らのふがいなさに憎悪すら抱いてしまう。このまま寝室に帰って不貞寝してしまいたいところだったが、
「セイジア・タリウスよ」
そのような無責任な所業は君主として許されず、アステラの王は王としてあり続けるためにこの場にとどまって務めを果たそうとする。
「なんでございましょう?」
凛とした表情で訊き返した金髪の騎士に、
「こたびの条約に問題点があるとしても、おまえの提案通りに現状の3カ国に諸侯国連邦を追加すれば、それは解決するのか?」
スコット王は青ざめた顔で問いかける。すると、
「いえ、モクジュが加入したところで根本的な欠陥が解消するわけではありません。わたしの案は当面の危機を回避するための弥縫策にすぎないので」
「当面の危機、とは何か?」
セイの白い顔に赤みがさして、
「現状のまま条約が発効した後、準備が整い次第、3か国の連合軍がモクジュへの侵攻を開始し、再び戦争が始まる、その危険です」
と断言した。驚くべき発言に謁見の間は騒然となり、
「タリウスよ、何の根拠があってそのような事を言うのだ?」
玉座から立ち上がった王を女騎士は冷静に見やって、
「陛下もご記憶のことかと思われますが、約3年前、去る大戦の末期にもアステラ・マズカ・マキスィの連合軍によるモクジュ侵攻が計画立案されたことがありましたよね?」
忘れるはずがない。今目の前にいる美しい騎士が独断で「龍騎衆」と和睦した結果、その計画は立ち消えになり、長きにわたる戦争も終わりを迎えたのだ。そして、地に平和をもたらした女子は涼やかに笑みを浮かべて、
「あのときの大規模な計画をひそかに推進していたのも、今回の条約を実現させようとしているのも同じ人物なので、同じ目的があると考えるのが自然なのではないでしょうか」
その誰かさんはどうあってもモクジュを攻めたいみたいですね、と執念深さに呆れるようにつぶやいてから、
「そうですよねっ? ジムニー・ファンタンゴ宰相閣下殿?」
国政を掌握する男に向かってセイジア・タリウスはにこやかに笑いかけた。
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