第296話 女騎士さん、提案する(その3)

ざっ! と音がするほどの勢いで屈み込み、再び礼の姿勢をとってから、

「では、申し上げます」

セイジア・タリウスはおもむろに言い放つ。そして、深く息を吸い込み、

「陛下が実現を目指していらっしゃる平和条約の締結国、アステラ、マズカ、マキスィに、モクジュ諸侯国連邦を追加してくださるよう、このセイジア・タリウス、謹んでお願いする次第でございます」

いきなり飛び出した提案に王宮の広間はどよめきに満たされる。モクジュといえば、数十年にわたって続いた敵国ではないか。何故そのような国を約定に加えようというのか。

「だからこそ、ですよ」

人々が抱いた疑問に答えるかのようにセイがつぶやく。

「かつての敵と手を結び、互いの過去を許し合うことこそが、平和を謳う取り決めには最もふさわしい行為であり、各国が等しく不戦を願っていると人々に知らしめ、安心させるためにも必要なのです」

女騎士の語り口は情に訴えかける力を持っていたが、この場にいるのは政治家や官僚といった実務者ばかりで、お題目だけでなく実効性を伴った意見がなければ彼らの同意は得られそうになかった。

「タリウス殿のお考えは実に感動的だとは思いますが、しかしながらわが国と諸侯国連邦との間には長きにわたる戦争によって交渉する手段を失っているのです」

と反論してきたのは外務大臣だった。チャンネルもなしにいかにして外交を進めていくのか、仮に話し合いを持てたとしてもどうやって相手方を納得させられるのか、気持ちだけで社会は変わるものではない、と専門家として素人の女子をやりこめようとしていた矢先に、

「あっ!」

と若者の大声に出鼻をくじかれてしまう。満座の注目が集まってきて、自分が叫んでしまったのに気づいたアリエル・フィッツシモンズは慌てて口元に手をやるが、もちろんそれで迸り出た驚愕の声が取り消せるはずもない。

「なんだよ、いきなりわめきやがって。大の男がでかい声で叫ぶなんて、心構えがまるでなっちゃいねえぞ」

上官のシーザー・レオンハルトに注意された茶色い髪の美少年は、

「いえ、あの、モクジュと交渉する手段がちゃんとあるじゃないか、と思ったので」

と手を伸ばし、それが指し示しているものを見たシーザーは、

「あっ!!!!」

とアルの3倍以上の音量で叫んだ。

(さすがはアルだ。わたしの考えを早くも汲み取ってくれた)

かつての部下の察しの良さに感心しながら、

「わたしは戦争の専門家ですが、外交もまた一種の戦いだと心得ています。そして、外交であっても勝算なくして戦いに臨んだりはしません」

ですから、大臣閣下のご心配には及びません、と涼やかな笑みで男の異論を封じてから、

「このナーガ・リュウケイビッチ嬢に交渉のための使者に立ってもらうことにします。『龍騎衆』の一員だった彼女の話であれば、モクジュの指導者もないがしろにしたりはしないでしょう」

セイが話し終えるのと同時に、彼女の隣で同じように礼の姿勢を取っていたナーガが、顔を上げてきりっとした表情で国王スコットを見やって、

「セイジア・タリウス嬢が只今申した通り、このわたしが使者に立ち、大侯殿下に条約についてお伝えすることを、アステラ国王陛下におかれましてはどうかお許し願いたく存じます。争いのない平和な世界は万人の願うところであり、それはこのアステラだけでなく、わたしの祖国においても何ら変わりはありません。国を越えて、わたしたちはきっとわかりあえるはずです」

異国の少女の真摯な言葉につられたためか、金髪の女騎士の考えが絵空事ではなく実現しうるものだと見通しが立ちつつあるためか、室内の温度が急激に上昇していくのを誰もが感じた。

「セイのやつ、やりやがったぜ。お偉いさん方が揃いも揃って真っ青になってらあ」

「はい。ナーガさんを連れてきたのも、最初からこれを狙っていたからでしょうね」

シーザーとアルがセイの知略に舌を巻き、

「つまり、モクジュとのパイプがちゃんと存在する、というのは、みなさんおわかりいただけたのではないでしょうか?」

「金色の戦乙女」が得意げに笑う一方で、

(とんでもない役割を背負ってしまったものだ)

ナーガは気が遠くなる思いを味わっていた。



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