第290話 女騎士さん、報告する(その7)

国王スコットから訊ねられたジムニー・ファンタンゴは、

「いえ、その件に関しましても陛下のお許しは得ています」

全く慌てることなく返答してみせた。さらに続けて、

「事態が難航した場合、必要に応じて戦力を投入すべきだ、とわたしが提案したのを陛下もお認めになられたはずです」

宰相がきっぱりと言ってのけると、若い王は何かに思い当たった様子で、

「ああ、確かにそのように申していたな。余の記憶違いであった」

と臣下から目を外して前へと向き直った。一応は反論に成功したかのように見えるファンタンゴだったが、彼に対する場の雰囲気は目に見えて悪化していた。

(陛下を嵌めやがった)

と思ったシーザー・レオンハルトほど露骨ではないにせよ、言葉巧みに主君を自らの思惑通りに誘導したのだと多くの人は感じていたのだ。必要な戦力を投入するといっても、それが外国の軍隊だと誰が思うだろうか。不信感の高まりを感じた宰相は、

「帝国はわが王国の同盟国であり、先刻説明した通り『平和条約』が締結された暁には、軍事面においても一体化することになっている。今回はそれをいくらか先行して実施したのであって、法や倫理に何ら悖ることはない」

持論を説いてみせたが、それでも不利な状況を変えることはできなかった。彼の話は論理的であったが、筋が通っているからこそ人々に嫌悪感を持たれているのに外ならぬファンタンゴ自身が気付いていた。人は理屈でなく感情で動く、という人間社会を支配する原則がこの場においても辣腕政治家を窮地に追いやっていたのだ。

(このまま押し切れればよかったのだが、厳しくなってきた)

実を言えば、ジムニー・ファンタンゴはこのような状況になることをいくらか予測していた。ジンバ村を攻略したはずの国境警備隊と荒熊騎士団から連絡が途絶えたことから、現地で不測の事態が発生して作戦が失敗してしまったのだろう、と怜悧な男の頭脳は推理していたのだ。住民が100人にも満たない小さな村に、その倍以上の軍隊を攻め入らせるという、明らかに過剰な戦力を投入したのは、冷たい血が流れていると揶揄されることもある王国の宰相が「金色の戦乙女」セイジア・タリウスを決して侮っていなかったことの証明でもあったが(この物語の登場人物の中で、ファンタンゴが最も正しくセイを評価していたかもしれない)、それでも計画は頓挫した。しかも200人以上の軍勢が全滅するとは、げに恐るべきは最強の女騎士、と拍手すべきかもしれなかったが、生まれながらにユーモアの感覚を欠いているうえに、彼女によってもたらされた致命的な状況のただ中にある政治家には難しい芸当なのだろう。そして、彼の巧みな弁舌をもってしても、破綻した現実を改変することはできず、帝国軍を自国に引き入れるという強引きわまりない手段をとったツケをジムニー・ファンタンゴは支払わなくてはならなかった。

(やむを得ん。この場をどうにかやりすごすしかない)

とはいえ、目先の勝利を追いかけるのを諦めて、被害を最小限に食い止めよう、とすぐに目的を変更したあたり、ファンタンゴはやはり只者ではなかった。「勝つ」ことよりも「しのぐ」ことに宰相は重点を置こうとする。彼が最も優先しているのは、アステラ、マズカ、マキスィの3か国間での「平和条約」の締結であり、国王スコットは当初ほど乗り気ではなくなったものの、依然として締結を断念してはいない。かくなるうえは主君の意思が変わらないうちに帝国へと出発させること、それをただひとつの目標に設定する。一度連れ出してしまえばこちらのものだ。王宮では孤立無援の男にも、外部には味方がいる。いったん退却した「マズカの黒鷲」ソジ・トゥーインもなんらかの策を講じているはずだと信用していたし、さらにはも用意してあった。さすがのセイジア・タリウスも予想できるわけがなく、読めたとしても今度こそどうしようもない最終手段だ。時間が経てば流れは確実に変わる。そのように信じた陰謀家は、

「わたしの言葉が足らなかったために、あらぬ誤解を招いたことを陛下と諸君らに詫びたい」

と長身を折り曲げて謝罪して見せた。傲岸な権力者の珍しい行動に、謁見の間に集まった人々は一様に驚くが、それがどの程度悪印象を緩和したかはわからず、王から失われた信頼を取り戻せたかもわからない。しかし、

(これはわたしの悲願だ。邪魔されてたまるものか)

ジムニー・ファンタンゴは仮面のごとき無表情を装いながら、懸命にもがき続けていた。

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