第258話 女騎士さん、都に着く(その5)

「ほら、いつまでもむくれてちゃダメじゃないの」

リブ・テンヴィーが優しく語りかけると、

「ほっといてくれ。わたしのことなんかどうでもいいと思ってるんだろ」

ふん、とセイジア・タリウスは涙目でそっぽを向く。これで本当に20歳なのかしら、と呆れながらも、

「そんなわけないじゃない。あなたと久しぶりに会えて嬉しいに決まってる」

占い師のしなやかな右手が頬に触れた瞬間、女騎士の中で荒れ狂っていた怒りは嘘のように消え失せて、

「だったら最初からそう言ってくれ」

口から出た不満より喜びにあふれた表情にセイの真意が表れているのは明らかだった。

(自分のやるべきことを見つけたみたいね)

騎士団を辞めて以来つきまとっていた悩みが親友から消えているのをリブの慧眼は見抜いた。この子はもう一人で歩いて行ける、と安心しながらも、妹同然に可愛がっていた年下の女子が自分から離れようとしている寂しさも味わっていた。

「おかえりなさい、セイ」

「ただいま、リブ」

頷き合う2人には半年以上の別離をものともしない絆が確かにあった。

「あなたがどうして戻ってきたか、その理由わけを知っている」

「えっ?」

思いも寄らないことを言われて驚くセイにリブは耳打ちする。すると、女騎士の青い瞳が暗がりの猫のように大きくなって、

「ははははは。さすがはリブだ。そこまでお見通しだったとは」

感心に堪えない、といった様子で大きく頷くセイに、

「でね、その件はわたしにとっても関わりがあるのよ」

「えっ?」

またしても驚くセイにまたしても耳打ちするリブ。先程のリプレイのような光景ののちに、

「なるほど! それならいけそうだ。わたしは九分九厘勝てるものと考えていたが、きみの助けがあれば100%、いや120%にまで勝利の確率が上がる」

「おい、2人だけで話してないでこっちにもわかるように説明しろ」

ひそひそ話が聞こえなかったナーガ・リュウケイビッチが大声で抗議すると、

「ああ、悪い。ナーガ、都に着いたばかりで悪いが、今から早速作戦に移るぞ」

金髪の騎士が真剣な声音で言ったので、

「おいおい、ずいぶんいきなりだな」

旅の疲れが抜けきっていない娘は困惑するが、

「今夜で全てが決まる、わたしにはそれがわかるの」

リブ・テンヴィーがおごそかな態度で語り、

「彼女が言っているなら間違いない。信じてやってくれ」

セドリック・タリウスが付け加える。だが、彼のフォローがなくとも、目の前の美女からは神託を告げる巫女のごとき荘厳さが感じられて、「蛇姫バジリスク」は信じていたに違いなかった。

(セイジア・タリウスの友人ならただ者でなくて当然か)

苦笑いを漏らしてから、

「今回、わたしは付き添いできているわけだから、おまえたちのやることに従うだけさ」

ぶっきらぼうに返事するナーガに「ありがとう」と笑いかけたリブは、

「セディ、あなたにも一仕事頼みたいんだけど、いいかしら?」

「わたしに何ができるかわからないが、きみの頼みならなんだって聞くさ」

セドリックは胸を張って答える。「あら、頼もしいこと」と女占い師は満足げに目を細めてからセイに向き直る。

「じゃあ、セイはナーガさんと先に行っててちょうだい。わたしも後から行くから」

「どうして一緒に行かないんだ?」

首を傾げた女騎士に、

「いろいろと準備があるのよ。それに、主役は後から登場するもの、って決まってるしね」

大それたことをぬけぬけと言い放ったものだが、主演女優にふさわしい妖艶さを身に着けたリブに言われると抗えない説得力を感じて、さすがのセイジア・タリウスも「たはは」と笑うしかない。

「よし、そうと決まれば早速動くことにしよう」

「急いだほうがいいわ。不吉な感じが高まっている気がする」

普通の人が言えばたわごとに過ぎなくても、国一番の占い師が言ったとなれば信じないわけにはいかない。事態を一刻を争う、と「ぶち」に駆け寄ったセイは、

「ああ、それとだな、リブ」

「なによ。ぼやぼやしている暇はないのよ?」

お小言を言われても女騎士は取り合わずに、

「この一件が片付いたら、兄上と何があったのか、ちゃんと話してもらうからな」

じろり、と鋭い目つきで言ってから、ひらり、と愛馬にまたがり、「はいやー!」と掛け声とともに走り出す。

「こら、わたしを置いていくんじゃない」

慌てて後を追うナーガ・リュウケイビッチを横目で見ながら、

(やれやれ。ちゃんと覚えていたのね)

と美女は悩ましげに溜息をつく。これから彼女たちはアステラ王国のみならず大陸全土の未来がかかった大一番に臨もうとしていたが、にもかかわらず、自分たちの結婚をセイに説明して納得してもらうことの方が、リブには難題だと思われてならなかった。

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