第233話 目覚める騎士たち(その2)

「やあああああっ!」

セイジア・タリウスに向かって勢いよく走り出したジャロ・リュウケイビッチだったが、実際のところ事態を甘く考えているというのは否めなかった。それというのも、今、彼の標的となっているのが見目麗しい美女で、以前の相手だったパドルよりもだいぶ小柄かつ細身だったからだ。彼女が強いのはよく知っているつもりだが、それでも全身を筋肉の鎧で覆った爺さんに突っ込むよりはひどいことにはならないだろう、といささか楽観もしていた。全速力で駆けながらもタックルを仕掛けるべく頭を低くする。

(いくぞ!)

最初で決めてやろうと思い切り力を込めて脳天からセイの腰にぶつかろうとしたジャロだったが、

(あれ?)

次の瞬間、べちゃっ! と地面に俯せになって倒れてしまっていた。端から見れば馬車に轢かれたカエルのようなかなり無様な姿だったが、

(え? どうして?)

当の本人は自分の有様を気にするどころではなかった。何故こうなったのかさっぱりわからない。一番不思議なのは、かなりの速度で女騎士の身体に衝突したのは間違いないのに全く衝撃を受けなかったことだ。当然痛みもない。それなのに何故転んでしまったのか。わけのわからないまま顔を上げると、

「どうした、もう終わりか?」

セイジア・タリウスが笑みを浮かべて少年を見下ろしていた。ジャロの懸命の一撃が何の効果も与えなかったのは余りにも明白で、文字通りの「上から目線」にいたくプライドを傷つけられた御曹司は、

「馬鹿を言うな。今度こそ決めてやる」

慌てて立ち上がる。おそらくこれは「自爆」だ。気負いすぎたために脚がもつれて自分から転んでしまったのではないか。つまり、自分のミスであって彼女に負けたわけではない。落ち着いてもう一度やれば、今度はそんなへまをしないはずだ。どうにか考えをまとめた栗色の髪の少年は、再び距離を取って「やあああああっ!」と女騎士めがけて疾走を開始する。だが、

ぐしゃっ!

どげしっ!

ずるるっ!

何度やっても同じ事だった。セイの身体に触れた途端にジャロ少年の突進は勢いを失って真下へと倒れ込んでしまうのだ。

(もしかして、そういうことなのか?)

おっとりした性格のあまり勘のよくないお坊ちゃんでも何回も同じ失敗をすればさすがに気づく。これはセイジア・タリウスの仕業だ。おそらく、この女騎士は少年の猛烈な突進を何らかの手段でもって相殺しているのではないか。だが、彼女は目立った動きをしたわけではなく、どうしてそうなったのかはわからなかった。

「あの坊主がぶつかったのと同時に、セイジア・タリウスは体内の力の向きを変えて、衝撃をゼロにしているのだ」

重傷を負って村で寝込んでいる「影」がこの場にいたなら、最強の女騎士が用いた恐るべき体術の真相を解説してくれたはずだが、黒ずくめの仕事人の1割程度の経験もないジャロには青い瞳の美女が魔法か超能力を使ったとしか思えなくて半ばパニックに陥る。

(こいつ、パドルよりも強い)

そのことに気づいていた。少なくとも外見は楚々とした女性の内側に大きくて頑丈だった執事よりも恐ろしいものが潜んでいるのを感じ取って、「とんでもない奴を相手にしてしまった」と今更悔やんでいた。加えて、

(力が全然入らない)

ほんの数回のアタックで四肢の踏ん張りがきかなくなり、立ち上がれなくなってしまった。あの女に体力まで吸い取られてしまったのか、と愕然としながらもそれでもまだトライを続けようとするリュウケイビッチ家の御曹司に、

「もういい。きみの実力はよくわかった」

セイはきっぱりと告げる。なんてことだ、一歩も下がらせることが出来なかったばかりか、スタミナを切らしてしまったのだ。テストに合格できるわけがない、と騎士失格の烙印を押されるのを覚悟してがっくり肩を落とした少年の耳に、

「思っていたよりは体力があるな」

女騎士は思いも寄らぬことを言った。

「え?」

驚いて顔を上げたジャロにセイはにこやかに笑って、

「やせっぽちのちびすけだとばかり思っていたが、なかなかどうして体幹もしっかりしているし、当たりもそれなりに威力があった」

それに、と白い歯を閃かせて、

「剣の素振りを毎日しているようだ。一人だけでも稽古をこなす心がけは賞賛に値する」

誰にも知られぬ事なく続けていた秘密の日課を知られたジャロは顔中を赤くする。どうしてそんなことまでわかる? と桁外れの洞察眼におののきながらも、それ以上にきれいなおねえさんに褒められて体中がこそばゆくなってもじもじしてしまう。

「とはいうものの、だ」

しかし、ジャロがいい気分でいられた時間はさして長くはなかった。

「きみはこのままでは騎士にはなれない」

セイジア・タリウスは冷然たる事実を宣告する。

「え?」

ぼんやりと見つめてきた少年に女騎士は凜とした表情で向き合い、

「きみには騎士としての最も重要な資質が欠けている」

その声には戦いの女神が併せ持つ慈愛と闘志が確かに含まれていた。

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