第198話 女騎士さんvs「魔術師」(その2)

「キエエエエエエエエッ!」

雄叫びとともにヴァル・オートモが攻撃を仕掛ける。相手の動きをじっくりと観察したうえで勝利を巧みに手繰り寄せる戦術の使い手にしては珍しく、初手から全力全開で「金色の戦乙女」に襲い掛かっていた。それだけ彼女の実力を評価しているからなのだろうが、フットワークはいつもよりも軽快にして華麗で、闇と炎を背負ったその姿は時折ゆらめき、南海の果てに浮かんでは船乗りを迷わせると言われる蜃気楼を彷彿とさせた。姿こそ幻影に近くとも、繰り出される攻撃は紛れもない実体であり、迅速に振るわれた左手の直刀と右手の曲剣は、ストレート、カーブ、ジグザグ、どれ一つとして同じもののない多彩な軌道を描いて女騎士の肢体を切り刻もうとする。そして、「双剣の魔術師」の異名にふさわしい数多の恐るべき斬撃に対してセイジア・タリウスがいかなる反応をとったかというと、

(何故動かん?)

自分を打ち負かしたもの同士の対決を見守っていた「影」は驚愕する。セイがオートモの攻めに対してぴくりとも動かずに無抵抗のまま斬りつけられたからだ。攻めるわけでもなく防ぐわけでもなく、長剣を中段に構えたままただ黙って攻撃を受ける青い瞳の騎士。たちまち全身に傷を負い、つややかに光る乳白色の頬にいくつもの赤い筋が彫られ、断ち切られた前髪が宙を舞い炎の明かりを受けて金色に輝く。鎧で覆われていない体のそこかしこに生まれた裂傷から、赤い雫が一滴、二滴と飛んでゆくのを決戦を見守る者全てが目撃した。

(どういうつもりだ?)

先手を取るのに成功しながらも国境警備隊隊長の胸に喜びはわかない。あるべきはずの反撃がないのは彼女の策の内なのだろうか、と疑心暗鬼にとらわれかけたのは一瞬だけで、すぐに攻撃の継続を決断し、続けてさらに勢いを強めていく。いったん戦端が開かれた以上、微粒子ほどの躊躇が命取りになることを一流の騎士はよく知っていた。セイジア・タリウスの考えは読めないが、読むまでもなく倒し切ってしまえばいいのだ。

(一気にる!)

ざざざざん! さらに激しさを増した剣風がうなりをあげてセイの肌を傷つけ、いくつもの紅の放物線が大地に落下していくが、それでも女騎士は微動だにせず一方的にやられ続ける。

「いいぞ、隊長!」

「なにが『金色の戦乙女』だ。ざまあないぜ」

予想に反したワンサイドの展開に、先程セイに威圧されて意気消沈していた5人の警備隊員は元気を取り戻し、

「ああっ、セイジア様が」

敬愛する女騎士が血を流すのを正視できない、とモニカは顔を背け、

「どうしたんだよ、セイ! そのままだとやられちゃうぞ!」

マルコは顔を真っ赤にして声援を送り続け、

(馬鹿野郎、何をもたもたしてやがる)

主人の危機を見かねた「ぶち」が、ぶるるるる、と低い声で唸る。そこから少し離れた場所で、パドルの遺体の傍らで座るナーガ・リュウケイビッチが、

「おまえはこの状況をどう見る?」

と出し抜けに訊ねてきたので、

「はい?」

彼女と一緒に戦いを見つめていたジャロ少年はびっくりして「蛇姫バジリスク」の美貌を見つめてしまう。今まで姉は彼に稽古をつけてくれたことも騎士についての話もしてくれず、お願いしても「おまえにはまだ早い」と断り続けていたのだ。それなのにどうしていきなり質問などしてきたのか、と戸惑っていると、

「ジャロ、おまえは騎士になりたいのだろう? ならば、あの2人を見て何か思うところがあるはずだ。心に訴えかけてくるものがあるはずだ」

セイとオートモの戦いから目を離しはしなかったが、その声に込められた真摯さに、

(姉上がぼくを一人前として見てくれている)

と感動した栗色の髪の美少年は、ごくり、と唾を飲み込んでから、

「あのですね、セイジア・タリウスの方が一見危なく見えますが、実はそうでもないんじゃないか、という気がします」

「何故そう思う?」

いつになく緩みのないナーガの口調にたじろぎながらも、

「姉上と戦ったときも、あの者は攻撃されても防いだり避けたりせずにあまり動きませんでした。だから、あれがセイジア・タリウスのいつものやり方なのだと思います」

姉の望む回答ができたか不安なので、おずおずと様子ををうかがってみると、そこには変わらないナーガの優しい笑顔があって、

「うむ。上出来だ」

と言ってから、弟を抱き寄せて頭を撫で回した。えへへ、とジャロが顔を綻ばせる一方で、

(ジャロの言う通りではあるが、このままではまずい)

「蛇姫」は成り行きを危惧せざるを得なかった。戦闘時のセイジア・タリウスが攻め手をギリギリで見切って躱すのを得意にしていることは、彼女と何度も決闘したナーガは嫌というほど知っていた。しかし、今日の「金色の戦乙女」はどういうわけか、全てを避け切れずに傷を負っていた。それらはどれもかすり傷の類で、失われた血液も微量に過ぎず、直ちに影響を及ぼすほどのものではない。とはいえ、小さなダメージも蓄積すれば身体に次第に障害をきたし、加えて気合も失われていくはずで、要するにこの状況が続いていけばいずれはじり貧になるのは目に見えている、というわけだった。

(何か打つ手はあるんだろうな?)

ナーガが隠し切れない焦りとともに悪友の背中を強く睨みつけたそのとき、

ぞぞぞぞぞぞぞぞ!

突如強烈な悪寒が背筋を激しい勢いで駆け上り、「ひっ!」とモクジュの少女騎士は思わず呻いてしまう。

(なんだ? 今のはいったいなんだ?)

先程の戦闘で負った左脚と背中の傷のせいで体調が悪化したのか、と思ったが、そうではない、とすぐに気づく。セイジア・タリウスを圧倒していたヴァル・オートモが飛びのいて、彼女から大きく離れているのが見えたからだ。「双剣の魔術師」の整ったルックスは青ざめて、有利に立つ者のようには到底見えず、ナーガと同じものを彼も感じたのは明らかだった。

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