第197話 女騎士さんvs「魔術師」(その1)
「おまえには背中を預けられない」
かつての上官に告げられた言葉を再び突き付けられたヴァル・オートモはひそかに奥歯をぐっと噛みしめてから視線を下に落とし、
「スバル団長にわたしのことを何か聞かされたのかい?」
お互いの間合よりもわずかに離れて向かい合うセイジア・タリウスに皮肉な笑みとともに訊ねた。金髪の女騎士は白磁のごとき美貌にわかりやすく驚きを浮かべて、
「特に聞いてはいない。あの人のことだ。おまえに言いたいことがあれば面と向かって直接言っていたさ」
返答が若干非難めいていたのは、彼女もまたスバルを大いに尊敬していたからなのだろうが、
「だろうね」
とオートモはあっさりとセイの言葉を受け入れた。陰口を叩くなど、あの高潔な騎士の一番やりそうにないことなので、もとより本気で疑ってはいなかったのだが、そうなると「金色の戦乙女」と「蒼天の鷹」は「双剣の魔術師」に対して期せずして全く同じ評価をしていたことになり、その事実はオートモの胸に焼けつくような不快感をもたらしていた。
(この娘は地位だけでなく魂までもスバルから受け継いだのだ)
という確信が楔のように打ち込まれたせいなのかもしれない。自分がなりたくてもなれなかった存在になりおおせた女子に対する嫉妬と憎悪は闘志へと変わり、あと1分もすれば始まる戦いにおいて、男の肉体を限界を超えて駆動させる燃料になるはずだった。
「おまえには背中を預けられない」
とヴァル・オートモについて同じ評価を下したとしても、セイとスバルとではその順路が異なっていた。理知的な中年の騎士が経験と論理から結論を導いたのに対し、鋭い直感を持つ少女は新入りとして「魔術師」の指揮下で戦ったときに、早くもその本質を見抜いていた。
「群れに入りたがっている一匹狼みたいだ」
当時のセイは10歳あまり年上の二刀流の剣士をそのように捉えていた。オートモの戦い振りは実に見事なもので、「わたしよりも二段か三段は強い」と技量を素直に認めていたのだが(鍛錬に励み加速度的な成長を遂げた娘はそれから一年もしないうちに「魔術師」に実力で肩を並べ、すぐに追い抜かしていくことになる)、その力はあくまで彼個人のものでしかなく、騎士団全体や所属する小隊へとつながっていく有機的なものとは思えなかった。チームワークが苦手、というよりは、そもそもチームワークという概念を理解できていないような気がしてならなかった。だから、何頭もの猟犬に混じった狼のように浮いて見えてしまっていたのだ。
(ヴァルはずっと一人で戦っていたのだろう。だからそうなった)
後に最強の女騎士となる少女は「魔術師」のバックグラウンドをも推察していた。集団に属さない孤独な身の上であったがゆえに、たった一人でも戦える力を獲得したオートモの奮闘は認めるべきで、騎士団に入隊してから輝かしい手柄を挙げたのも何ら驚くには当たらない。しかし、彼の利点は同時に欠点でもあった。誰にも頼らなくてもいい強さは、誰にも頼れない弱さでもあり、ワンマンアーミーは軍隊の中で光だけでなく影も産み落としていた。軍規違反または逸脱、避けられたはずの損失、そういったものが常につきまとっているのをセイは敏感に察知した。
「もっと周りのことを考えた方がいい」
とお人好しの彼女は忠告しようかとも考えたのだが、先輩騎士が新入りの娘を軽く見ているのは薄々感じていて、アドヴァイスをまともに受け取ってはくれないだろう、と思ったのと、
(仮に態度を改めようとすれば、ヴァルはヴァルでなくなる)
短所を直そうとして長所まで消えることは珍しくなく、オートモの場合でも狼が駄犬に成り下がるのが落ちだ、とティーンエージャーらしからぬ冷徹な見方をしていた。だから、何も言わなかった。そして、
(素晴らしい戦士ではあるが、肝心要の状況で運命を託すには足らない)
実に惜しいことだが、とヴァル・オートモを評価し、平時においても戦場においてもなるべく距離を取ることを心がけた。そんな風に思っていたので、後にセイが天馬騎士団団長になった際に彼を副長に選ばなかったのも至極当然で、オージン・スバルと同様に一番隊のリーダーに任命しながらも、きつく縛り付けることなくある程度自由に任せていた。オートモの方からセイに近づくこともなかったので、当時の2人は比較的良好な関係を保ち、なんとかうまくやれていた、と女騎士は考えていたのだが、
(そうではなかった)
決戦を直前に控えて過ちに気づいていた。甘いマスクの騎士に問題があるのはわかっていたのに、面倒になりそうなのを嫌って避けているうちに、とうとう命のやりとりをしなくてはならなくなっている。穏便に済ませようとしてかえって深刻な事態に陥る、という世間でよくある失敗談の登場人物になったおのれを笑いたくなるが、
(このツケは自分で支払うさ)
土壇場に追い込まれると開き直る性格の持ち主であるセイジア・タリウスは、元部下に引導を渡す覚悟を決めると、すらり、と左腰から長剣を抜き払い中段に構えた。一分の隙も無い姿に、決戦の行方を見守るナーガ・リュウケイビッチも「影」も国境警備隊員も揃って息を呑み、
「いよいよだね」
剣を握った両手を横に広げたヴァル・オートモは、整ったルックスを崩して牙を剥きだして獰猛に笑う。
「ああ、いよいよだ」
わたしたちは出会ったときからこうなる定めだったのだろう、というやるせなさは、強敵との死闘に臨む興奮によって燃え尽き、混じりけの無い黄金の精神が彼女を戦うためだけに生まれた純粋な存在へと変えていく。
「じゃあ、行くよ」
オートモがつぶやき、
「来い」
セイが応える。
それが「ジンバ村防衛戦」のクライマックス、「金色の戦乙女」と「双剣の魔術師」の決闘の始まりだった。
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