第136話 暗夜の葬送曲(その4)
カリー・コンプは生まれてすぐに捨てられていたらしい。「らしい」と書くのは、まだ赤ん坊だった彼にその記憶はなく、拾ってくれた人物から後になってその事実を聞かされたからだ。そして、拾われた時点でもう目は見えなかったらしい、ともう一度「らしい」を重ねなければならなかった。目が見えなかったために捨てられたのか、捨てられた後で何らかの事情で視力を失ったかはわからなかったが、それがわかったところで彼の両目に光が戻るわけでもなかった。
客観的に考えて恵まれない出生と言わざるを得なかったが、それでもカリーは自分を不幸だとは思わなかった。この世界は貧しい人々が大勢暮らしていて、捨て子など珍しくもない、というのは、成長した彼が「セインツ」という名を持つかつての自分と似た境遇の少女たちのグループと出会ったことでも証明されている。彼女たちの窮地を救い、そのうちの何人かから初々しい恋の告白を受けた(意中の女性が存在したので丁重に断らざるを得なかったのだが)のは歌うたいの中で美しい記憶となって長く残ることになった、という話はさておき、捨て子だったにも関わらずカリーが卑屈になって世を拗ねずに済んだのは、とてもいい人に拾われたからだ、と彼自身は信じて疑わなかった。
ヤンギ・ヒジャ。それが彼を拾ってくれた人の名前である。長い旅の途中で訪れた土地―サタド城国の東部にある小さな村―で、ぼろきれでくるまれて泣く体力すらない生後間もない
「気の毒なことよ」
定まった住処を持たない漂泊の歌い手は優しい心根の持ち主でもあり、誰からも見放された幼子を憐れみながらも、子供を捨てた両親を責めはしなかった。どうしても育てられない事情があったのだろう、と信じることにして、
「こうして巡り合ったのも何かの縁だ」
と自らの手で引き取ろうと決めていた。ちなみに「コンプ」というのは赤ん坊が見つけられた土地の名前で、「おまえにもゆかりのある名だから」と少年になったカリーにヒジャがそのように名乗るように勧めたのだが、カリー自身は赤ん坊の頃に離れたきりの何の思い入れもない地名を苗字にすることに反発心がないわけではなかったものの、心から慕っている老人に逆らうのも嫌だったので大人しく言うことを聞いた、という事情があったりもした。やがて彼が「楽神」と称えられるほどの稀代の歌うたいになってから、コンプの村が「楽神生誕の地」と称して観光客を招き入れるようになったと聞かされて、
「それで幸せになる人がいるのであれば、結構なことではないでしょうか?」
と他人事のごとき態度を取っていた、という噂が伝わって、音楽の達人もやはり人の子で、捨てられた過去はやはり不快なのだ、と巷の人々は考えを巡らせたという。もっとも、カリーを利用してあくどい金儲けをしようとする輩は例外なくしっぺ返しを食らう、という話はよく知られていて、「楽神生誕の地」もその後恐るべき災禍に見舞われ、「楽神の祟り」などと面白おかしく語られたりもしたのだが、当の本人は、
「祟るほどの怨みもありませんから」
とあくまで無関心を貫いていた、という話が今に残されている。
本題に戻ると、自分を育ててくれたヒジャ老人が「楽聖」と呼ばれるほどの演奏の名人であると知ったまだ幼いカリーは、
「ぼくもやってみたい」
と弟子入りを志願した。無理強いするわけでなく少年が自分と同じ道を選んだことを老人は喜びながらも、
「決してたやすくはないぞ」
と念を押すのを忘れなかったが、カリーの意志は固かった。そして、小さな歌うたいは偉大な師匠の後を追い、旅を続けながら音楽を極める、という二つの険しい道を歩き出した。指導を始めてすぐに、
(なんという才能だ)
「楽聖」は弟子の持つ天稟の巨大さに気付かされた。イルカになったつもりで海をすいすい泳ぎ回っていたら、底からクジラが浮上してくるのに出くわしたかのような驚愕があった。いや、この子がクジラだとすれば、わしはメダカがいいところだ、と思わざるを得ない。自分より優れた人間と相対した能力の高い者が、嫉妬に狂うあまり相手を押し潰そうとするのは、残念ながらどの業界にも見受けられることだが、このときヒジャは、
(この子は天からの授かり物だ)
若い芽を摘むことなく無事に育て上げるのが務めだと心得て、それ以降の人生を弟子のために捧げようと決めていた。「楽聖」ヤンギ・ヒジャの真の偉大さはカリー・コンプの成長に献身的に尽くしたことだ、というのは後世の音楽家たちが口を揃えて賞賛するところであり、
「どんなにお金がないときでも、先生は自分が食べられなくても、わたしの分のごはんを必ず用意してくれました。それがどんなにありがたかったか」
カリーも師匠から受けた恩を終生忘れることはなかった。しかし、その一方で、
「先生ほど厳しい人はいません」
歌と音楽について老人の指導が苛酷を極めたのも確かだった。厳しい、といっても頭ごなしに叱りつけたり体罰を加えたわけではない。
「未熟な教師ほど口と拳に頼るものだ」
しっかりした技術があれば余計なことをしなくても弟子に伝えられる、というのがヒジャの信念であり、彼はそれを実践していた。
「そうじゃない」
と師匠に言われるのを修業時代のカリーは何よりも恐れていた。口調は優しくても一切の妥協を許さない峻烈さに少年は震えを我慢することができなかった。叱責の後にヒジャが自ら示した模範によって、おのれの中の心の緩みと技の未熟さを否応なく思い知らされ、
「もっと上手くなるんだ」
とさらなる精進を心に誓うのが常だった。師匠が何より嫌ったのは基礎をおろそかにすることで、
「土台なしに建てた巨城は紙細工よりも脆い」
という口癖を何度耳にしたかわからない。基本練習を何度こなしたかもわからなかった。朝から晩まで弾き続けて指が血まみれになったことも数えきれない。いつだったか、根を詰めて疲弊した弟子を心配したヒジャが、
「おまえもたまには遊んでくるといい」
と休暇を与えようとしたところ、
「目の見えないぼくには、他に楽しみもありませんから」
そう言ってカリーがにっこり笑ったので、生まれつきハンデを抱えながらも、それを前向きに捉えようとしている健気さに、
(いい子に育ってくれた)
思わず涙をこぼしそうになったものだった。成長した少年が音楽を上手く弾くだけの魂のない機械になりはしないか、とひそかに憂いていたのだが、老人の優しさを惜しみなく与えられたカリーの中にもまた善良な心が宿り、人としての道を外れることはなかった。
しかし、それでも成長しているかも実感できないまま、地道でつまらない訓練を何年も続け、精神的にも肉体的にも追い込まれた生活を送っているうちに、いつしか少年は日々の単調な反復の裏側に光り輝くものを見出し、繰り返しの中にこそ生きる意味はあるのだ、と思うようになり、それまで頭の中にあった夾雑物を全て取り払って純粋に歌と演奏に熱中できるようになっていた。
「成ったか」
ある満月が浮かぶ夜に、野外でひとり一心不乱に音楽にのめり込む少年の小さな背中を物陰から見守っていた「楽聖」はひとり頷いた。そしてその翌日、いつものように劇場へ赴き、師匠の助手を務めようとしていると、
「今日はおまえが歌うといい」
ヒジャがいきなり一人で舞台に上がるように言って来たのでカリーは泡を食ってしまう。デビューを許されるまでまだまだ時間がかかると思っていた目の見えない少年は慌てたが、そこは後の「楽神」だけあって、
「まだ不出来ですが、一生懸命やってみます」
すぐに心を決めて、手足の震えを押し隠しながらステージへと上がった。「楽聖」の歌を期待していた観客たちは、やせっぽちの男の子の登場に不審げに眉をひそめ、中にはブーイングする者もいたが、小さな歌うたいがひとたび演奏を始めると、当惑は一瞬で歓喜へと変わり、歌い終えたカリーに向かって無数のコインがサタドの砂漠を潤すスコールのように降り注いだ、というのは「楽神」の伝説を語る上で避けて通れないエピソードとして広く知られている。
かくして、並大抵でない努力を重ねた結果、カリー・コンプは12歳にして一人前の歌い手として認められるようになった。若き天才詩人が注目され出すと、「よくぞここまで鍛えられましたね」と師匠であるヒジャも賛辞を送られるようになったのだが、
「わしは何もしてません。人一倍練習した弟子が偉いのです」
自らの功を誇ろうとしない姿勢に、世の人々はその謙虚さを褒め称え、カリーは老人をますます尊敬するようになったという。
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