第124話 先制攻撃(その3)

馬群は闇を切り裂くかのようにすこぶる快調に深夜の山道を駆けていた。総勢100人のアステラ王国国境警備隊は、これよりジンバ村を襲撃する予定だった。といっても、いきなり襲い掛かるわけではなく、セイジア・タリウス、ナーガ・リュウケイビッチの両名に出頭を呼びかけ、両名の身柄を確保してから、家屋の破壊及び住民のを着実に行い、2人の女騎士にもまたを講じることになっていた。「金色の戦乙女」「蛇姫バジリスク」という、戦場での経験豊富な2人が抵抗する可能性も当然考えられたが、そのときは数に任せて押し潰してしまえばいい、というのが隊長であるヴァル・オートモの目算だった。身も蓋もない、と言いたくなるプランだったが、戦いというのは元来現実が生々しく露出するものであって、何らかの美辞麗句で飾り立てたところで意味などない、と「双剣の魔術師」と称された騎士は考えていた。幾多の戦いを潜り抜け、人里離れた国境付近での職務に従事しているうちに、彼の感性はみずみずしさを失い、無味乾燥なものと成り果てていたのだが、もともと散文的な性格の男が他者への思いやりを欠いていたのもまた事実で、常に身なりに気を配り、30代に達してもなお若々しさを保っていたのも、実は自分自身にしか興味がないことの現れでもあった。そんな具合にナルシシズムに全身どっぷり浸かったオートモの精神性を、天馬騎士団団長だったオージン・スバルとその後を継いだセイジア・タリウスが見抜いていたがために、彼は前職において一番隊の隊長という地位にとどまり副長に出世することはできなかったのだが、未熟な心構えを鍛え直そうと考えることはなく、能力に応じた適正な評価を得られていない、と不満を募らせているうちに国境警備隊に転属することになり、そして今はかつて上官だった10歳近く年下の女子を対象とした秘密作戦を担当することになっていた。

「あんな小娘の相手を本気ですればこちらの沽券にかかわるというものだ」

と不遇をかこった過去を気にしない素振りをしていたが、その反面で決して消え去ることのなかった復讐心を満たす機会が得られた幸運をひそかに喜んでもいた。あるいは、そんな騎士の心情を読んだうえで、「黒幕」は彼に作戦を任せたのかもしれなかったが。

「あそこを曲がればあとは一本道だ」

右へと緩やかにカーブしている地点に差し掛かろうとして、警備隊長は声を出した。昼間に村を訪れたのは、村人たちに協力を呼びかけたうえで最後通告をするためだけではなく、現地を偵察する目的もあって、道程と地勢は把握済みだった。カーブを過ぎればなだらかな下り坂になり、今は樹々に覆い隠されて見えない集落が一望できるようになる。

「いよいよですな」

並走する馬に騎乗している副隊長がオートモに呼びかけてきた。小柄だが筋肉質の肉体を誇り、並外れた怪力でもって数十本も束ねた矢を一気にへし折る隠し芸を宴会のたびに披露していた。

「よもや、このようなかたちでタリウス様と再び相見えることになろうとは思いませんでしたが」

といっても、副隊長はかつて黒獅子騎士団に所属していて、セイの部下だったわけではない。数々の武勲を挙げ力量にも問題はなかったのに地位に恵まれなかった、という点ではオートモと同じだったのだが、彼の場合は隊長にすらなれなかったので余計に深刻だと言えた。実はこの男には仲間の装備や金品をたびたびちょろまかす悪癖があって、それに気づいた周囲から距離を置かれていたのだ。

「悪いやつではないが、いずれ厄介事の種になる。うちには置いておけない」

部下から苦情を聞いた団長のシーザー・レオンハルトは迅速に判断を下し、適当な理由をつけて退職金(決められた金額にシーザーが自分の給与を割いて多少色を付けた)を手渡すと騎士団から追い払ってしまった。窃盗を繰り返す人間がいることを、以前不良だった青年騎士はよく知っていたのだ。何故クビになったのかわからなかった男だったが、その後いくつかの職を転々とした結果、今は国境警備隊に所属していた。戦うことしか取り柄のない彼にとって警備隊は第二の天職と呼ぶべき場所であり、ナンバーツーの副隊長の座にあることに満足もしていた。もっとも、警備隊の内部では隊員の私物がなくなる騒ぎが何度も起こっていて、犯人が誰なのかわかっていなかった。

「今からやる気になっていると疲れちゃうから、のんびりやろうよ」

副隊長が逸っていると見たのか、オートモは優しげな声をかけた。トップの2人が典型例だが、アステラ王国の国境警備隊には個人的な理由もしくは力量不足から騎士団にいられなくなった人間が多数所属していた。天馬騎士団と黒獅子騎士団が統合され王立騎士団へと改組した際にリストラされた者も何人かいた。言うなれば、ある種のはぐれ者の集団と言えたのだが、劣等感を抱えた者同士ということもあってか、それなりの連帯感も共有していて、警備隊全体の士気も練度も一定以上のレベルにあり、ヴァル・オートモがリーダーとしての資質をそれなりに有していることをうかがわせた。

「じゃあ、みんな、ぱーっと行こうか!」

隊長の呼びかけに部下たちは応え、夏の暗闇に鬨の声が湧き起こる。勇ましさよりも楽しさが多分に含まれているのは、目前に迫った戦いの勝利が彼らの中で織り込み済みだからなのかもしれない。ピクニックに出かけるんじゃないんだから、と思いながらも、オートモも人工甘味料を思わせる微笑みをこらえきれない。そして、国境警備隊の隊員たちが村へと至る最後のカーブを曲がり切ろうとしたそのとき、事態は突然動き出した。

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