第96話 宝はあるべき所に(その1)

「こちらでございます」

ゲオルグに先導されてリブ・テンヴィーはアマカリー家の古い屋敷の二階の廊下を歩いていた。そのすぐ後ろをセドリック・タリウスとワトキンス弁護士、さらにその後ろからともに不貞腐れた顔をしたアマカリー子爵夫妻がついてきている。女占い師はこれから行方不明となったアマカリー家の「煌炎の真紅石」を探すつもりだった。

(変わらないわね)

少女時代を過ごした館が当時そのままの佇まいを見せているのをリブは懐かしく思っていた。祖父リヒャルトが他界し、住む人もいなくなったために活気が失われているのはいかんともしがたいが、それすらも好ましく感じられるのは、使用人たちが屋敷の維持に日々尽力しているからだろう。

「よく手入れされているようね」

「恐れ入ります」

リブから褒められた元執事は歩みを止めないままで深く頭を下げて、

「旦那様が愛された家を荒れるがままにしておくわけにはいきませんから」

ゲオルグの言葉に「いい心がけね」と美女は微笑み、忠実な使用人は黙ってもう一度頭を下げる。そんな二人のやり取りを見ていたセドリックは、

(ゲオルグはもうリブを主人だと認めているかのようだ)

と、ひそかに思っていた。もともと礼儀正しい男だったが、旧アマカリー邸に入ることになってから、彼のリブに対する振舞いはさらに改まったものとなり、客人に接する態度のようには見えなかった。彼女は自分をリボン・アマカリーだと認めたわけではなかったが、赤いドレスをまとった女性が自ずと漂わせている威風が使用人を無意識のうちに従わせているのかもしれない、と伯爵が考えていると、

「おのれ、人の屋敷にずけずけと入り込みおって」

ロベルト・アマカリーが憤懣やるかたない様子で声を上げた。やや暗めの赤に顔面を染めた叔父に、

「あら。ちゃんとお許しは頂いたはずですけど」

リブは流し目をくれながらつぶやく。いつまで過ぎた話をしているの? と夜になっても昼飯の献立に文句を言っている人間を見るかのような冷めきった目つきだ。占い師の巧みな交渉術に入館を不承不承認めざるを得なかったのは確かだったので子爵は、ぎぎぎ、と歯ぎしりするしかなかったが、

「宝石を探し出すなどと大口を叩きおって。われわれがどれだけ苦労しても見つからなかったものだぞ。貴様のような生意気な女狐にできるものか」

別の方向から反論しようとする。ただ、

(ということは、やっぱり失くしたのか)

「煌炎の真紅石」の紛失が事実だと当主が自分から認めていることに、リブもセドリックもワトキンスも気付いていた。この屋敷に入るまで必死で否定していたのは何だったのか、と馬鹿馬鹿しく思っていると、

「もしも見つからなかったら、どうなるかわかっているんだろうな?」

ロベルトが顔を醜く歪めて凄んできた。愛する女性に向けられた恫喝を無視できない、とセドリックが子爵に色をなして反撃しようとしたそのとき、

「じゃあ、その場合は、一晩中子爵様のお相手をして差し上げたらご満足かしら?」

リブがあっけらかんと言い放ったのでそれ以外の面々は呆気に取られてしまう。

「あなたっ!」

子爵夫人エレナが激昂して夫に食って掛かったのは、ロベルトが「満更でもない」を通り越して「是非ともお願いしたい」と言わんばかりの涎を垂らしそうな表情を浮かべていたからだ。豊満な肉体を我が物にできる夢想に浸っていたのは誰の目にも明らかで言い訳の余地はなかった。壮絶な夫婦喧嘩、正確に言えば妻から夫への一方的な猛攻が行われているのをよそに、

性質タチの悪い冗談だ」

セドリックが明らかにむっとしていたのでリブは笑ってしまいそうになる。「ごめんなさい」と謝ってから、

「あの男がわたしに指一本でも触れられるわけないでしょ?」

短剣のごとく鋭く容赦のない口ぶりに彼女の真意は表れていた。

「その『煌炎の真紅石』だったか、見つかるあてはちゃんとあるのだろうね?」

青年が問いかけると、

「なかったらあんなことを言ったりしないわよ。まあ、わたしの考えが確かなら、そんなに時間はかからずに見つかると思うけど」

美女があっさり断言したので、聞き耳を立てていたゲオルグは驚きを隠すのに苦労する。リヒャルト・アマカリーの死後、使用人が総出で必死で捜索したにも関わらず見つからなかった秘宝なのだ。それがすぐに発見されるなど、あまりにも信じがたい話だった。

「しかし、万が一見つからなかったとしたら」

「そのときはそのときよ。もしそうなったとしても、わたしにはそれくらいの状況はピンチのうちに入らないわ」

諸国を旅して数々の困難を乗り越えてきた占い師は心配性の恋人に笑いかける。それでも伯爵の機嫌が戻らないと見ると、白い手で彼の肩口をそっと触れてから、

「これが終わったら、今夜はあなたと2人きりで過ごすつもりだから」

待っていてね、と耳元で甘くささやかれたセドリックは動顚して、

「いや、それは極めて喜ばしいことではあるが、しかし、それはその、われわれはまだ結婚してない身であるからがゆえに、そういうことはまだ少しばかり早いのではないかなあ、と思うのであって」

赤面しながらしどろもどろになる。「なんともお熱いことだ」とワトキンスが若いカップルを微笑ましく思っていると、

「着いたみたいね」

目を回している伯爵から手を放して、リブは軽やかな足取りで真っ先に室内へと入る。

「こちらが旦那様の書斎になります」

ゲオルグの説明を聞くまでもなく、彼女はその部屋が何であるか、しっかりと思い出していた。忘れるはずもない。先代アマカリー子爵リヒャルトがいつも書き物や読書をして過ごしていた、そして祖父と孫娘が最後に会ったのもこの書斎だったのだ。

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