第88話 女占い師といくつもの再会(その3)

リブ・テンヴィーとタリウス父子との昼食は和やかな雰囲気のうちに終了し、リブとセドリックは食堂から書斎へと向かい、父アンブローズは畑仕事へと戻った。

「父上はきみのことがすっかり気に入ったようだ」

黒い革張りの椅子に背中を預けてリラックスした様子でセドリックが言うと、

「わたしもおじさまを気に入ったわ」

本棚に目をやりながら美女は答える。リブが占い師をしていることを知った先代伯爵は、

「それは結構なことだ」

と息子の恋人を蔑むどころか褒め称え、

「女性の自立は社会の発展につながる、と死んだ家内がよく言っていたものだ。まあ、我が家にもひとり、そんな娘がいるのだがね。飛び出したきり帰ってこないので、少し自立しすぎではないか、と思いもするが」

その娘とリブが友人であることを知ると、

「あなたにはわたしの子供たちの面倒をまとめて見てもらっているわけですな」

大いに笑い、その懐の深さにリブは胸の内が温かくなるのを感じた。

「おじさまが優しい方だというのは知っていたけど、さすがに結婚まではお許しにならないんじゃないか、って考えていたんだけど」

最愛の女性の言葉を耳にして、

「その点に関しては、わたしは全然心配してなかったよ」

セドリックがあっさり言い切ったので、リブは本を取りかけた手を止めて彼の方に向き直った。どういうことなの? と美しい紫の瞳に問いかけられたのに笑ってしまってから、

「父上からよく聞かされていたんだ。結婚するときに母上の家柄が問題にされて、周囲からかなり反対されたってね」

「でも、あなたのお母様も貴族だったんでしょ?」

「貴族でありさえすればいい、というわけでもないのさ。貴族の中でも血筋やら財産やらが、婚姻においては重要な要素になってくるらしい。そんなこともあって、父上は大変苦労されたようで、『おまえは好きな人と結婚しなさい。愛さえあれば他のことはどうにでもなる』と前から言われてたんだ」

そういうことなのか、とリブも話を飲み込むことができた。アンブローズ・タリウスは子供たちに自分と同じ思いをさせたくなかったのだろう。

「でも、きみが何者かを説明しておいた方がよかったと思うのだが」

そのうちにね、と占い師は微笑む。自分がリボン・アマカリーだと、先代伯爵にはまだ打ち明けてはいなかった。いっぺんに大量の情報を知らせると、老人がパニックに陥るのではないか、と危惧したためだが、しかるべき時が来れば伝えればいい、とさほど気にはしていなかった。あの人ならきっとわかってくれる、とすっかり信用していた。

「ところで」

広い机の上に置かれた書類を片付けながらセドリックが話を切り出す。

「これから客が来るんだ」

「あら、ごめんなさい」

口元に手をやりながらリブは詫びた。連絡もなしに来てしまったのでそのような不都合が生じてしまったのだろう。席を外した方がよさそうだ。

「いや、そうじゃないんだ」

伯爵はさわやかな笑みを浮かべて、

「きみにも立ち会ってほしいんだ」

「えっ?」

「いずれ、きみにも会ってもらうつもりでいたんだが、ちょうどいい機会だ。というより、話が早くなって助かった」

さすがの才媛も話が見えなくて戸惑っていると、こんこん、と茶色のドアが叩かれた。

「なんだね?」

セドリックが鷹揚な態度で訊ねると、

「お客様がおいでになりました」

若いメイドの声が室外から聞こえ、

「入りなさい」

主人の返答から一拍間を置いて扉が開かれる。侍女の後に続いて部屋に入ってきた人物を見てリブは心臓が止まりかけるほどに驚愕する。

(まさか、ゲオルグ?)

アマカリー家の執事として祖父に仕え、そしてその孫娘にも常に忠実だった男の姿がそこにはあった。10数年の時を隔てて再び見た彼からは、かつての謹厳さが影をひそめているように思われた。額が後退し白髪交じりになっているのは年相応だが、顔色が良くない。病みかけなのか病み上がりなのか、いずれにしても健康には程遠い状況のようだ。そんな彼がどうしてタリウス家までやってきたのか、さっぱりわからずに困惑するしかない。

「時間通りに来るとは、さすがだな」

「恐れ入ります、伯爵様」

枯れ木のように痩せた身体を折り曲げた男は、セドリックに勧められてから用意されていた椅子に腰掛けた。

「どういうことなの?」

セドリックの背後に忍び寄って声をひそめて問いかけると、

「わがタリウス家とアマカリー家は、領地が近いこともあって、以前は親しく付き合っていた」

そのおかげでわたしときみも知り合えたわけだが、と青年はリブに笑いかけて、

「きみがいなくなってからは疎遠になってしまってね。しかし、使用人同士は変わらず交際を続けていたようで、今回はそのネットワークを通じて向こうの内情を知ろうとしたわけだ。それがわかれば、きみがリボン・アマカリーであると証明できる糸口も見つかるかも知れないからね」

なかなかやるわね、とリブはセドリックを見直す気持ちになる。ひそかにアマカリー家を調査するとは、真面目な青年らしからぬ裏技と言うべきだった。あるいは、どうあっても彼女と結婚したいという懸命さがそのような手段を取らせたのかもしれなかった。

「それなら、ゲオルグは適任だわ」

執事として子爵家の表裏に通暁している男だ。知らないことはないはずだった。

「ああ、その通りだ。彼には少し前にも一度この屋敷に来てもらったことがあるが、その際にはいろいろ面白い話を聞くことができた」

セドリックのつぶやきを耳にしたリブは首を傾げて、「ここに来るのは2回目なのか」と考え込んだ。改めて話を聞く必要が生じた、ということなのだろうか。

「一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

そのとき、ゲオルグが不意に声を上げた。

「どうかしたのかね?」

セドリックが訊ね返すと、

「今度の話は内密のものだと聞いてますが」

アマカリー家の使用人は陰気な視線を伯爵の背後に向けて、

「そちらの方は一体どなたなのでしょうか?」

リブの顔を見つめながら訊ねていた。

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