第23話 女騎士さん、「影」と最後の対決をする(その2)
「あんな村がどうなろうと知ったことか。いっそのこと、おれの手で滅ぼしてやりたいくらいだ」
不本意な労働に従事させられている鬱屈が「影」の全身から立ちのぼる。
「じゃあ、どうして、わたしの頼みを聞いてくれたんだ?」
セイの問いかけに黒ずくめの男は暗い顔を変えることなく、
「おれはプロだ。対価も無しに仕事をしたりはしない」
つまり、何らかの見返りが得られると思ったから、言うことを聞いてくれたのだろうか、と思った女騎士は、
「わかった。じゃあ、村を守った功績を称えて、おまえにジンバ村の名誉村民の地位を与えることにしよう」
にっこり笑って告げる。
「そんなものいるか! 腹の足しにもならんわ」
激昂する「影」に、「わたしだったらうれしいのに」とセイは心外そうな顔をするが、「そもそもおまえにそんな権限はないだろう」と2人のやり取りを傍観していたナーガが金髪ポニーテールの騎士に冷静にツッコミを入れる。
(いかん。このままだとまたこいつのペースに巻き込まれる)
天然ボケに付き合って大火傷するのは避けたい、と無頼漢は気を取り直して、
「おれと立ち合え、セイジア・タリウス。昨晩の一件でおまえはおれに借りが出来た。嫌とは言わせんぞ」
それこそが「影」の望みだった。そのためにこんな辺境までやってきたのだ。そして、今このときが、黒い男の黒い宿願がかなえられる瞬間であった。一方、いきなり挑戦されたセイは、
「まあ、借り、といえば確かにそうかもな。別に戦うのはやぶさかではないが」
にやり、と人の悪い笑みを漏らして、
「おまえと戦うのはこれで3度目だ。2回やられてまだやられ足りないと見える」
あからさまな挑発とわかっていても、「影」の脳は怒りで沸騰しそうになる(それに正確には今回が4度目だ)。だが、
「これが最後だ。今度こそ貴様を倒してくれる」
激情を必死で押し殺して、冷酷に宣告してみせた。そんな男を「ふーん」とセイはにやにや笑いながら見つめてから、
「何か用意があると見える。面白い。おまえの土俵に乗ってやることにしよう」
背中を預けていた樹から離れると、「影」の方へと近づく。これから戦闘に臨むとは思えない、リラックスした歩き方だ。
「何処か別の場所に行くか?」
「ここでやる。今すぐに始めたい」
「ははは。ずいぶんとやる気だな」
血気に逸る不気味な男と余裕たっぷりの美女。あまりにも好対照な二人をナーガは呆然と見守るしかない。
(だが、わたしも見てみたい)
彼女自身もこの対決に大いに興味を持っていた。強者同士の戦いを間近で観察することで得られることがあるかもしれない。いつの間にか、セイと「影」は一定の間合いを置いて睨み合っていた。互いの攻撃が届かないギリギリの距離だ。
「ゆくぞ」
何度もの敗北の痛手も復讐心もゼロになったかのように、「影」の全身から気配が薄れていく。人生の全てがかかった土壇場で、男はこれまでになく冷静になっていた。
「何処からでもかかってくるといい」
対するセイは普段と一向に変わらない様子で、武器も持たずに構えも取らなかった。棒立ちのようにも見えるが、実は全く隙が無い、というのは向かい合った「影」はもちろん、少し離れた場所にいるナーガにもわかっていた。
(やはり、とんでもない女だ)
これから自分が相手をしようとしている騎士の底知れぬ技量を黒い刺客は改めて思い知ったが、怯みかけた心を一瞬で立て直すと、
「ゆくぞ」
ともう一度つぶやき、そして駆け出していた。
(速い!)
セイめがけてダッシュした男の姿が朧気にしか見えなかったのにナーガは唖然とするが、驚くのはまだ早かった。女騎士に攻撃を仕掛ける暗殺者の実体が目視できないのだ。いくつもの残像が樹々の間に躍っているようにしか見えない。人間に出せるとは思えない速度にモクジュの少女騎士は圧倒されるが、
(それを全部かわすのか!)
超高速の連続攻撃をセイジア・タリウスは全てさばき切っていた。しかも、必要最低限の動きで事も無げに避けているではないか。ふむ、と青い瞳の女騎士は頷いて、
「少し腕が上がったかな。まあ、そうでなくては張り合いがないが」
一発でも当たれば命はない猛攻を仕掛けられているとは思えないさわやかな微笑みに、
(舐めるな!)
「影」の暗黒の血が沸き立ち、繰り出す手足をさらに加速させた。ここからが本番だ、とばかりにギアを一段、二段と上げる。それでも女騎士の防御は鉄壁で、隙が無いのも相変わらずだ。だが、それがなんだというのだ。鉄壁とて完璧ではなく、隙が無いなら作り出せばいい。目の前の標的が消えて無くなるまで止まるつもりはなかった。動きを止めたときはおれが死ぬときだ、と思い詰めた男の攻撃はさらに激しさを増していく。
(わたしは弱い)
目の前の死闘が、ナーガ・リュウケイビッチに自らの無力を痛感させていた。祖父の仇である女騎士はもちろん、その相手の黒い刺客にも自分の力は及ばない。セイに何度も勝負を挑んで敗れ去ってもなお諦め切れずにいたが、今やっと敗北を受け入れる気持ちになっていた。「
「それでいいのだよ、ナーガ」
ドラクル・リュウケイビッチが現世を見守っていたら、孫娘にそのように言葉をかけたことだろう。
「おれは強い、と肩を怒らせているうちはまだまだ二流よ。一流の人間はどこまでも謙虚に出来上がっているものさ」
自分の中の弱さから目を逸らさず直視するのが真の戦士であり、ナーガは今そのスタートラインに立った、ということなのかもしれない。
(このままじゃ嫌だ。もっと強くなってやる)
少女騎士は自分よりも強いはずの2人の戦いを一瞬たりとも見逃すまいと金色の瞳を光らせてじっと見つめ続けた。ショックを受けてもへこたれずに、再び立ち上がる闘志を彼女は持ち合わせていた。今はかなわなくても、いつかは届いてみせる。そんな思いとともにナーガが熱い視線を送るセイと「影」の攻防は、いつ果てることなく続くように思われたが、
「がっ!」
苦鳴が突如聞こえ、続いて鳥の群れが、ばさばさ、と森から一斉に飛び立っていった。
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