第22話 女騎士さん、「影」と最後の対決をする(その1)
まだ日が昇り切らない早朝の森で、
「知らない顔だ」
ナーガ・リュウケイビッチはつぶやき、それを聞いて、
「そうか」
とだけ、セイジア・タリウスは答える。あたりには霧が立ち込め、2人の女騎士は肌寒さをおぼえていた。ともにワイシャツとスラックスという軽装をしている。
ジンバ村を襲おうとした集団を「影」が撃退してまだ数時間しか経っていなかった。黒い刺客から知らせを受けたセイとナーガは村の南へと移動し、既に事切れた5人の騎士をつい今しがた埋め終わったところだった。遺体を道端に放置するわけにもいかないのと、罪もない小さな村を滅ぼした悪党であっても死者には礼を尽くすのが騎士としての流儀でもあった。ちなみに、騎士たちが乗っていた馬はナーガが貰い受けることに決まっていた。
「もちろん、モクジュの全ての騎士を知っているわけではないが、こいつらはわたしの同胞ではない、という気がする。そういう匂いがした」
ナーガはさらにつぶやく。埋葬する前に彼女は騎士たちの顔を確かめていた(全身黒焦げになった一人だけは判別できなかったが)。セイの命を狙った男たちが、自分と同じくモクジュ諸侯国連邦から来たのではないか、という疑いを捨てきれなかったからだ。かつての敵国の英雄である「金色の戦乙女」の暗殺を企図した人間がモクジュから潜入しても不思議ではない、と思っていたが、首実検によってその可能性はナーガの中から消え去っていた。
「まあ、個人的には犯人はモクジュの者ではない気が最初からしていたんだ」
標的となった金髪の騎士が樹に背中を預けながら溜息をつく。
「どうしてそう思った?」
浅黒い肌の少女騎士が黄金の瞳を光らせて訊ねると、
「だって、もしそうだとしたら隠したりごまかす必要はないだろ? わたしが死ねば喜ぶ人間が向こうには大勢いる。わたしの首を取った手柄で何らかの見返りもあるかもしれないんだ。隠していいことなんてないじゃないか」
確かに、とナーガはセイの答えに頷くしかない。一つの村を全滅させてまで隠蔽工作をしたような連中だ。よほど正体の発覚を恐れているらしい。
(しかし、そうなると)
「
「犯人の見当はついているのか?」
ナーガが訊ねると、
「ついていないわけではないが」
セイは目を固く閉じたまま、
「それよりも、おそらくはこれが最後ではない、という方が重要だ」
低い声で答える。つまり、第二第三の襲撃も有り得る、というのが女騎士の見立てなのだろう。それを告げられた異国の少女騎士の背中に冷たい汗が流れる。
「またやってくるというのか?」
「ああ、たぶんな」
セイとナーガ、2人の声がともに暗かったのは、敵が次に襲ってくるとすれば、今回以上の規模でもってやってくるのが当然だと思われたからだ。今回の実行犯は5人だけだったから防げたものの、それ以上の人数で襲来されて守り切れる自信は多くの実戦を経験した彼女たちにもなかったし、逆に言えば戦争の苛酷さを知り抜いているからこそ楽観的になれない、ということもあった。
「でも、今回はうまくいってよかった」
セイは声を弾ませる。落ち込んだ気分を盛り上げようとする無理矢理さが感じられないのは、彼女の持ち前の明るさによるものかもしれない。
「わたしの頼みを聞いてくれて本当に助かった。ありがとう、ナーガ」
かつて敵として戦った娘に微笑んでから、
「それに、おまえも偉かったぞ」
少し離れた場所で立っている「影」にも声をかける。偶然にも小さな村の全滅に遭遇したセイは事態の真相を見抜くと、すぐに村へと引き返して、ナーガと「影」に助力を仰いだのだ。自分一人では守り切れない、と判断して戦力になり得る人間に声をかけたわけだが、
(わたしにはできないことだ)
ナーガはひそかに考えていた。自分も「影」もセイを付け狙う敵なのだ。そんな相手に素直に頭を下げられる柔軟さは自分にはない。目的を達成するためならば、プライドを投げ捨てられるセイの器の大きさに脱帽せざるを得なかった。そう思ったせいなのか、
「礼には及ばない。村が襲われるかもしれないのに、何もしないわけにはいかないじゃないか」
返事をする少女騎士の美貌にはかすかに赤みが差していた。
「いや、それはそうなのだろうが、わたしの言っていることには何の証拠もなかったから、断られても仕方ない、と思っていたんだ」
セイのつぶやきを耳にしたナーガは笑って、
「まあ、最初は荒唐無稽だと思ったが、不思議なもので何故か信じられたんだ。あまりに無茶苦茶だとかえって真実味が出てくるのかもしれない」
自分でも半信半疑のまま「蛇姫」が答えたので、「そういうものなのか」と金髪の女騎士もあまり納得できていない様子だった。しかしながら、
(こいつはこの調子で戦時中も交渉していたのだろうな)
ナーガはセイのコミュニケーション能力の高さに舌を巻く思いだった。彼女に説得されたモクジュの軍勢が戦わずして降伏したことは多々あって、当時はそれを不甲斐なく思っていたが、今となってはそれも無理もないことだ、と思うしかなかった。巧みな弁舌と春風のごとき暖かなキャラクターの前で頑なさを保つのがいかに難しいか。少女騎士がそれを痛感していたのは、他ならぬ彼女自身がセイに対していつしか心を開きつつあるためなのかもしれなかった。最初は近づかれるのも嫌だった女騎士と今では当たり前のように会話をして、妙な頼み事も聞いてしまっている。
「なあ、おまえも村を守りたかったから、わたしを手伝ってくれたんだよな?」
セイに声をかけられた「影」の身体が、ゆらり、と黒い陽炎のように揺らめいたかと思うと、
「勘違いするな」
男は陰気な声をあげた。
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