第50話 大戦終結秘話・アステラ王宮深夜の対決(その8)

「貴様、それを言った以上、もう取り返しはつかんぞ」

ジムニー・ファンタンゴの声は重く硬く、さながら大審問官の下した死刑判決を思わせた。今まさに国家に反逆した少女を見つめる男の目に感情は見当たらない。だが、

「もうとっくに取り返しはつきませんよ」

セイジア・タリウスは背の高い宰相の顔を見上げながらさばさばした調子で受け答える。

「リュウケイビッチ将軍と和睦したのも、戦場より帰還したのも、いずれも陛下のお許しを得ずにやったことです。その時点でわたしの命はないものと覚悟しています。どのような処罰も受け入れるつもりです。ギロチンで首をバッサリ斬られても文句を言うつもりはありません」

断頭台に上る決意は悲愴なものに違いなかったが、この金髪の美少女がそれを散髪に行くのと同じように言ってのけたのに、広間に集った人々は感心するよりもむしろ呆れてしまう。無尽蔵の勇気はむしろ愚かさと似通うのかもしれなかった。セイの勇敢さにまるで感銘を受けなかった冷徹な政治家は「ふん」と息を吐いてから、

「貴様のような愚か者の、戦いから逃げた臆病者の首など刃に掛ける価値もない。軍人の本分を尽くさぬ者は追放に処すのが規則だ。命があるだけありがたいと思うのだな」

男の無機質な声に対し、

「確かに閣下はわたしを見誤っておられるようだ」

少女の声は温かく血の通うものだった。

「なんだと?」

「まあ、あくまでわたし個人の考えではありますが、戦い、というのは軍人として二番目にすべきことです。それ以上にやらなければならないことがあるのです」

少し間を置いてから、

「軍人が一番にやらなければならないことは、戦わないことです。無用の争いを避け、無駄な犠牲を失くす。それこそが最も大事なことです」

その瞬間、その場にいた全ての人間に、女騎士が今回の行動をとった理由がしっかりと伝わっていた。まだ10代ではあるが、彼女にも確固たる信念があるのを誰もが理解していた。

「下らんことを。戦わない騎士など、無用の長物ではないか」

「ええ、その通りです。そうなればいいと思っています」

揚げ足を取ったつもりが、にこやかな笑顔で返されて、さしもの宰相もたじろぐ。

「騎士が必要な時代は不幸な時代だと言わざるを得ません。わたしのような騎士が必要なくなる、平和な世の中が一日も早く訪れればいい、と心から願っています」

立場をわきまえない少女に対してもともと好感を抱いていなかった侍従長の心をも溶かす熱が、セイの言葉にはあった。だが、

「貴様の個人的な考えなどどうでもいい。貴様のやったことこそが今一番の問題なのだ」

ファンタンゴには何ら響くところはなく、それから宰相は少女騎士を一方的に責め立てた。彼女の行動がいかに多くの規則に違反し、いかに多くの前例を踏みにじるものであるか、時間をかけて逐一指摘していったのだが、

「ふわ~あ」

セイが大きくあくびをしたので、男は呆気にとられる。

「貴様、この厳粛な場を何と心得る。不届き者め」

「いや、申し訳ありません。ですが、もう夜中ですし、戦場から大急ぎで戻ってきて疲れてしまったので」

むにゃむにゃ、と涙目をこする少女の愛らしさを無視して、陛下の御前であるぞ、と断じようとした男は玉座を見上げて愕然とする。退屈極まりない、と言いたげな表情を主君がしていたのだ。王だけでなく侍者も、そして彼の部下たちまでも、わかりやすくうんざりした顔をしていて、「そりゃ眠くもなるよ」とセイに同情しているのは明らかだった。こんな夜更けに条文や判例を長々と聞かされるなど、苦行以外の何物でもない。宰相の一番の武器であるはずの長広舌はかえって彼を不利な状況へと追いやってしまっていた。

「宰相、悪いがもう少し手短に頼む」

「陛下、よろしいではないですか。この際、言いたいことは全て言ってもらいましょう」

「うむ、それもそうか。すまなかったな、ファンタンゴよ。気が済むまでやってくれ」

国王スコットとセイが親しげに語らっているのが宰相の気に障った。無礼者が主君となれなれしくしているのも、正しいはずの自分が空気の読めない馬鹿者であるかのように見られているのも、どう考えてもおかしいことだった。自らが世界の中心だと思い込んでいる男には到底耐え難い状況だったせいなのか、

「いい気になるんじゃない、セイジア・タリウス。おまえは裁かれる立場にあるのだぞ。わたしの言っていることに間違いがあるなら、何か言ってみるがいい」

反論などできるはずがない、と思ったからそう言ったのだが、男の激した声を耳にしたセイの眼がすっと細められて、鎧をまとったほっそりとした身体のまわりに、どこかぴりっとした緊張感が漂い出す。そして、少女騎士が腰に佩いていた長い剣に手をやった瞬間、謁見の間の空気は張り詰め、ジムニー・ファンタンゴの細い眼は大きく見開かれた。



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