第49話 大戦終結秘話・アステラ王宮深夜の対決(その7)

「タリウスよ」

ジムニー・ファンタンゴがセイジア・タリウスの方へと一歩進み出たのを見た人々の間に緊張が走った。ついに直接対決が始まろうとしているのだ。

「なんでしょう、宰相閣下」

だが、迎え撃つ少女騎士の様子に変わりはなく、その表情からは波一つ立たない早朝の湖のような穏やかさと冷ややかさが感じられた。

「いかなる理由があったとはいえ、おまえのやったことは重大な軍規違反だ。この作戦はわが国のみならず、同盟国であるマズカおよびマキスィとの共同作戦だ。国際協調をないがしろにし、平和を揺るがすものだ。決してあってはならない行為をした、おまえは軍人失格だ」

作戦そのものを論じたのでは分が悪いと見たのか、宰相は論点をずらして、手続き上の正当性から金髪の騎士を責め立てることにしたようだ。いかにも狡猾な手段であったが、それくらいの芸当をしなければ王国の中枢まで上り詰められはしない。

「はあ、共同作戦ですか」

しかし、対するセイもそれくらいの攻撃で屈するほど脆くはなかった。

「ああ、そうだ。何か問題でもあるのか?」

「いえ、それにしては、マズカやマキスィから何も連絡が無いものですから。それに、共同作戦とおっしゃいますが、わが軍だけで攻め入るのもいささか面妖というか、犠牲を強いられているかのようで、あまり気分はよくありません」

20歳近く年下の娘から反論を受けても男は顔色を変えず、

「その点は問題はない。上層部同士ではしっかりと連絡を取り合っている。それに、マズカとマキスィの軍とは合流が遅れているだけだ。じきに到着する」

「いつですか?」

「なに?」

「『じきに』と言われましても、ある程度の目安がわからなければ現場では動きようがありません。明日なのか1か月後なのか、はたまた1年後なのか」

皮肉を言われた、と思った宰相は蚊に刺されたかのような不快感を味わう。しかし、少女の方にそんな意図があったかどうかはわからず、単に後ろ暗い心理を刺激されたに過ぎないのかもしれなかった。確かに計画は遅延していたのだ。

「そんなにはかからん。追って連絡するから、おまえたちが先行しても何ら問題はない」

「そうでなくては困りますね。国境を越えて袋の鼠になるのはまっぴらごめんですから」

今度は明確に皮肉を言われたのがわかって、男の顔にわずかに赤みがさす。「そもそも」とセイの瞳が青く光る。

「モクジュに攻め入る目的をわたしは聞いておりませんが」

「大陸の平和と安定を取り戻すためだ。そんなことは当然理解していると思っていたから、言わなかっただけだ」

はあ、そうですか、と大して感銘を受けた様子もない少女騎士にファンタンゴはますます苛立っていく。高性能のはずの感情のブレーキがその機能を失いつつあるのに、彼はまだ気づいていなかった。

「それで終わり、という保証はありますか?」

「なんだと?」

いえ、とセイは金色のポニーテールをかすかに揺らしてから、

「その、大陸の平和と安定、ですか。それは『空白地帯』の混乱を静めることによって取り戻せる、とわたしは理解していたのですが、モクジュを倒さねば取り戻せない、となると話が違ってくる、と思いまして。そうなると、やはり同じ敵国であるヴィキンも攻めなければならないのか、とか、あるいは同盟国でないサタド、ウラテン、カイネップ、果ては東の海を越えてメイプルにまで行く必要がある、と考えると少し気が遠くなります。はてさて、わたしが生きているうちに決着がつくのかどうか怪しいところと言わざるを得ません」

その言葉に謁見の間の温度が明らかに下がったのを、王も侍者も官僚も誰もが感じた。「空白地帯」をめぐる争いでさえ数十年かけてもまだ続いているというのに、大陸中を巻き込む全面戦争ともなれば、永遠に終わりがやってこないのではないか。モクジュに攻め入ることによって、地獄へつながる門をくぐって、もう決して後戻りはできないのかもしれない、というのを人々は直感したのだ。周囲の人間の心理が凍てついたのに慌てたファンタンゴは、

「世迷言を申すな。そんなことはおまえの妄想に過ぎん」

「しかし、『空白地帯』での戦争がモクジュにも広がる、ということは、いずれ世界中に拡大していく可能性だって否定はできないのではないですか?」

そんなことは有り得ない、と語気を強めて言い切ったものの、部屋の空気は冷めていく一方で、観衆の支持が得られていないのは宰相にもわかっていた。

「閣下、せめて、モクジュ征服で戦争を終了する、と言明された方がよろしいのでは」

手助けのつもりなのか、部下が進言してきたが、ファンタンゴには余計な口出しでしかない。少女騎士の言葉は彼の野望の一部を言い当てていた。アステラよりもモクジュよりも、もっと大きなものを手に入れることを、この男は狙っている。だから、何処で終わりにするか、などと言えるはずがなく、部下の呼びかけにも答えはしなかった。

「わたしは大義に基づいて行動している。この世界に安寧をもたらし、確固たる秩序を構築し、人々に平和をもたらすことを真剣に願っているのだ」

目尻が裂けんばかりに少女を睨みつけ、

「タリウスよ、おまえとは違うのだ。おまえのように自分勝手で、我が身可愛さで動いているのとは違う。わたしはこの国の、この世界のために生きているのだ。それがわたしの果たすべき使命なのだ」

舞台俳優のごとき迫力のある長台詞にも、「はあ」と18歳の少女は小首を傾げただけで、

「そう言われますと、確かにわたしには閣下のような立派な正義があるわけでもなく、まことにお恥ずかしい限りです」

いたずらがばれて叱られた少年のように気まずそうに頭を掻いてから、

「ただ、『我が身可愛さ』と言われると、少し違う気がします。わたしが大事に思っているのは自分ではなく、仲間なのです。それも一緒に戦っている騎士団だけでなく、アステラの国で応援してくれているみんなのために、わたしは戦っているのです。大義のために戦う、というのは、どうもわたしには難しすぎます。そのような、よくわからないもののためには動けません。目で見ることのできる、手で触れることのできるもののためなら、いくらでも戦えます」

夜更けの王宮で旅塵に汚れたままの少女の顔がひときわ強く輝いた。

「ですから、今度のモクジュ侵攻には、わたしは納得できません」

セイジア・タリウスは、ジムニー・ファンタンゴに向かってはっきりと言い切った。




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