第11話 女騎士さん、村に馴染もうとする(前編)
セイジア・タリウスがジンバ村にやってきて10日余りが過ぎたが、依然として村には受け入れてもらえず、外で寝泊まりする日々が続いていた。
「無視していればそのうち諦めて帰るだろう」
と思っていた村人たちも、彼女の頑張りにうんざりする思いでいた。女騎士が積極的に村に関わろうとはしてこなかったのも困ったことで、もっとぐいぐい来てくれたら反対することもできたのに、と妙な不満を抱いてもいた。セイがやっていたことと言えば、毎朝村にやってきては、
「おはよう!」
と挨拶することだけだった。もちろん最初はみんな無視していたが、実に元気のいい、聞くだけで目の覚める思いのする、気持ちもしゃきっとする元気のいい声をかけられているうちに、何人かは返事をするようになっていた。
「あんな見事な挨拶をシカトしろっていうのが無理だ」
という言い訳を聞かされては、無視し続けるよう強要することもできず、セイを仲間外れにしようとする村の団結のレベルは鉄というよりは木製にまで低下していた。
しかし、実際のところ、団結できていたのは成人の男女だけで、金髪の騎士は既に子供たちの人気を得ていた。村にやってきてすぐに木から落ちた少年を救ったのだから、当然の話ではあった。とはいえ、親に見つかると怒られるので、村から離れた場所で、セイと子供たちはひそかに楽しく遊び回っていたのだった。
あはははは、と笑い声を上げて、今日もセイと子供たちは野原を駆けていた。女騎士自身は童心に返ったつもりだが、20歳になっても内面はまだまだ幼いままなので、実際は素を出して遊んでいるに過ぎなかった。セイのまわりには男の子が何人も群れ集まり、彼女はさながらガキ大将といったところだったが、その後ろでは女の子たちが「ぶち」を取り囲んで「おうまさん」「ぶちちゃん」と言いながら、身体をくっつけたりべたべた触ったり、果てには草花で飾り立てていた。生まれついての暴れん坊である「ぶち」は意外にも少女たちのされるがままになっていたが、
(まったく。ガキどものお守りも楽じゃないぜ)
とだいぶ上から目線でものを見ていた。幼い娘たちを蹴散らすことなど、この馬には実にたやすいことだったが、だからこそそうしたくはなかった。最強最速を自負する「彼」が弱い者をいじめたところで、自分の値打ちを下げるだけなのだ。
(しゃあない。おれがおまえらの面倒を見てやるよ)
誇り高く若い馬は最強の女騎士の相棒にふさわしい存在と言えたが、少なくとも今のところは女の子たちのおままごとの相手をさせられていて、威厳も何もあったものではなかった。走るのにも飽きて、セイと少年たちは背の高い草の中に倒れ込む。
「なあ、セイって、本当に騎士なの?」
女騎士の隣で寝転んだマルコが訊ねる。村一番の高い木から落ちたのを彼女に救われた少年だ。
「何度も言ってるだろう。わたしはセイジア・タリウスだ、と。どうして誰も信じてくれないんだ?」
眉をひそめるセイを見てから、マルコと仲間たちは「だって」「なあ」と顔を合わせてひそひそ話し合う。偉い騎士がこんな僻地にまでやってくるはずがない、と少年たちも思っていたのだ。
「うちの父ちゃんと母ちゃんも言ってたぜ。あれはセイジア様のそっくりさんだって」
「そっくりさん、って」
太っちょのトムに言われてさすがの女騎士も苦虫を噛み潰したような表情にならざるを得ない。正確に言えば、ジンバ村の大人たちは村にやってきた謎の女子を、
「自分をセイジア様だと思い込んだおかしな娘」
だと決めつけていたのだが、そういった細かいニュアンスは悪童たちには理解できない。
(わたしがわたしである、と証明するのがこんなに難しいとは)
その悩みが他人から見れば笑ってしまうようなものだけに、セイにとってはより痛切に感じられた。
「あなたが誰だってどうだっていいじゃない」
そう言いながらクロエが近づいてきた。黒い髪を青いリボンでくくったおしゃまな女の子だ。
「セイはわたしたちの仲間なんだから」
クロエを初めとした村の少女たちはセイと一緒に体を鍛えていた。
「これからの時代、男になんか負けてられないんだから」
と意気込む利発な娘に頼まれて笑ってしまった女騎士は、少女たちに効果的なトレーニング法とともに読み書きも教えていた。
「なんだよ、女は引っ込んでろよ。クロエのくせに生意気だぞ」
マルコが愚痴をこぼす。少年が同い年の少女を大いに意識しているのはジンバ村で誰一人知らない者はなかったが、
「なんだ? それならわたしも引っ込んでおいた方がいいのか?」
色恋沙汰に疎い女騎士はそういった事情にはまるで気づかずに、冗談っぽく少年をたしなめた。
「いけねえ」
舌を出して肩をすくめたマルコを見て、セイも男の子も女の子もみんなして笑う。
(人間ってのは、本当にしょうもない生き物だな)
その様子を少し離れた場所で呆れて見ていた「ぶち」の首周りには、草で編まれたネックレスがかけられていて、「彼」もそれを満更でもなく思っていた。
そうこうしているうちに、セイは村の年寄りの支持を集めるようにもなっていた。きっかけは、重い荷物を背負ったまま動けなくなって路上で立ち往生していた老婆の手助けをしたことだった。
「あんた、悪い人じゃないんだね」
それまで新参者を警戒していた老人たちだったが、一度気を許したら実に呆気なく仲間に入れてくれて、
「セイちゃん、こっちこっち」
と茶飲み話に付き合わされるようになっていた。ついこの前(といっても50年ほど昔だが)の思い出話、隣村(といっても大人の脚で半日かかるほど離れていたが)の噂話など、老人の習性として長ったらしい話を何度も聞かされたのだが、女騎士は気にすることもなくにこにこ笑って相手をし続けたので、
「若いのに感心だ」
とますます気に入られていた。もちろん、女騎士を追い出そうとしている村の大人たちはこの事態をよく思わず注意を与えたのだが、
「おまえたちよりもあの子の方がわしらのことを思ってくれておる」
よよよ、と泣かれて、家族としても何も言えなくなってしまった。息子と嫁に邪慳にされていた年寄りには女騎士の親密さは何よりもありがたいものだったのだ。
かくして、セイジア・タリウスは子供と老人を味方につけることに成功し、ジンバ村でますます存在感を強めていたが、それをよく思わない者も依然として数多く残っていた。
村に馴染む努力を続ける一方で、セイは集落のまわりを歩き回っていた。軍人だった頃の癖で、周辺の地理を把握しておかないと気が済まなかったのだ。
(陣地を構築するときにも役に立つ)
のどかな山村に陣地を作る必要があるとも思えなかったが、それでも彼女は真面目にそう考えて、頭の中で地図を作り上げようとしていた。
「ふむ」
その日は村の北方の地勢を確認するつもりで、既にそこまでやってきていた。なだらかに上りの勾配になった一面にススキが生い茂っている。他の三方向は既に確認済みだったが、唯一そこだけが残っていたのだ。東には高い山並みが聳え立ち、西は山道が開け、南の狭い土地には段々畑が作られている、というのはわかっている。北だけ足を踏み入れていなかったのは、どうも村ではその場所に行くことがタブーのようになっている、と思われたからだ。子供たちの話では、北に行くと大人たちにきつく叱られる、ということだったし、老人たちもその話になると言葉を濁して何も教えてはくれなかった。
(祟りとかそういうものだろうか)
とも思ったが、どうも最近になって立ち入り禁止になったようなので、そういうわけでもなさそうだった。
「まあ、行けばわかるさ」
金髪の騎士は早速歩き出すことにした。くよくよ思い悩むのは苦手だったし、「やるな」と言われたことほどやってみたくなる迷惑な性格でもあった。だが、2,3歩行ったところで、
「それ以上進まないでもらえますか?」
緊張した声が後ろから飛んできた。振り返ると、一人の男がきつい目をしてこちらを睨みつけているのが見えた。集会場で座の中心にいたいかにも真面目そうな若者だ、とセイは彼のことを思い出していた。
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