第101話 少女たち、旅立つ(前編)

「ほら、みんな、あんまりはしゃがないで」

イチマが「セインツ」の少女たちを大人しくさせようと苦労していた。夕暮れの通りには大型の馬車が停められ、出発の時間が迫っていた。もうじき彼女たちは故郷に別れを告げて、マズカ帝国へと旅立とうとしている。そこでプロの踊り子として本格的に活動を開始するのだ。

「うわー、旅行なんて初めてだからすごく楽しみ」

シーリンがそう言うと、

「でも、車酔いしちゃったらどうしよう」

シュナが不安そうにつぶやく。

「大丈夫だって。わたしらがついてるじゃん」

そんな妹の頭をイクがぽんぽんと叩く。子供たちに寂しげな様子はまるでなく、未知の土地へと向かう期待だけがその胸にはあるようだった。

「あなたたち、いい加減にして。もっとプロとしての自覚を持ちなさい」

正式に「セインツ」のマネージャーとなったイチマが注意するが、

「へへーん。じゃあ、今ここで踊って見せようか?」

セラがにやにや笑いながらくるくる回り出し、

「じゃあ、わたしは歌っちゃおうかな」

ヒルダも珍しくふざける。

「そういうことを言ってるんじゃありません!」

わんぱくな少女たちにかかっては業界きっての敏腕と噂される女性も形無し、といったところであったが、

(この子たちはわたしが守らなきゃ)

イチマは固く心に決めていた。まだ短いつきあいでしかなかったが、少女たちに愛情を抱きつつあり、子供たちの方もマネージャーを慕うようになっていた。

「寂しくなりますね」

出発の模様を取材しに来たユリ・エドガーがつぶやくと、

「そうだな」

セイジア・タリウスが頷き、

「あの子たちならきっと大丈夫よ」

リブ・テンヴィーも微笑む。子供たちが元気いっぱいな一方で、大人たちは若干センチメンタルになっているようであった。

「わが国の威信をかけてマズカでも頑張ってほしいものですね」

アリエル・フィッツシモンズの言葉に、

「心配ないさ。あのガキンチョどもならみんなぶっとばしてくれるさ」

シーザー・レオンハルトが鼻息を荒くする。2人の騎士はセイが見送りしに行くというので、半ば強引についてきたのだ。

「あのねえ、シーザーくん。別にあの子たちは喧嘩しに行くわけじゃないのよ」

女占い師が呆れて突っ込むと、

「そこまで違いはないさ。気合と体力が物を言うのは、喧嘩も芸もおんなじだろ?」

「ははははは。一理あるかもな」

脳味噌が筋肉で出来上がった者同士、ということなのか、シーザーの返答にセイは笑って同意する。そこから少し離れた場所で、

「頼まれていた品物だ」

ベックからリアス・アークエットが黒いアタッシュケースを受け取っていた。

「結構重たいわね」

少女の細い腕にずしりと負担がかかる。

「工夫はしたが、どうしたってそれくらいにはなっちまうんだ」

老人は溜息をついて、

「そんなもんが必要になるのかね?」

「必要にならないことを願っているけど、備えあれば憂いなし、ってことよ。何の武器も持たずに見知らぬ場所に乗り込めるほど、わたしは自信家じゃないから」

それで文字通り武器を持っていくわけか、とベックは若干ユーモアを交えながら考える。今、彼が少女に手渡した鞄には銃と弾丸、それに爆弾までも詰め込まれていた。「テイク・ファイブ」のマスターは腕利きの武器職人でもあり、娘の依頼を受けて自ら作っておいたのだ。

「てっきり、あんたは踊り子一本でやっていくもんだと思っていたが」

「生活の安定を考えると、これからの時代は兼業の方がいいと思ってね。だから、これからは」

リアスの右の掌の中に突然拳銃が出現し、

「歌って踊れる拳銃使いを目指すことにしたの」

雌豹のような少女がにっこり笑ったのと同時にリボルバーは幻のごとく消え失せる。

「そいつは参ったね」

ベックは呆れながらも笑ってしまったが、

(まあ、せっかくの腕を腐らせるのももったいない話だからな。ノジオのやつもあの世で喜んでいるだろう)

リアスの決断には、拳銃を教えてくれた師匠への思いも関係しているのだろうか、と思っていると、

「リアス!」

息を切らせてやってきたのはキャプテン・ハロルドだ。

「あら、ハリー。どうしたの?」

きょとん、とするリアスに、

「どうしたもこうしたも、こんなに早く行っちまうなんて思ってなかったんだよ」

「ごめんなさい。先に帰っていたジャンニから連絡が来て、急に行かなきゃならないことになったから」

急いで駆け付けてきた黒い肌のダンサーを黒いドレスの少女は申し訳なさそうに見る。

「いや、そういうことなら仕方ない。あんたが謝ることでもないさ」

呼吸を整えながらハロルドは考えもまとめようとする。

(言うぞ。絶対に言うぞ)

ずっと好意を持っていた少女に告白するつもりだった。彼女が去ろうとしている今を逃しては、次にいつチャンスがあるのかわかりはしない。たとえ上手く行ったところでとんでもない遠距離恋愛になるはずだったが、それでも構わなかった。愛は全てを超越するのだ。ごくり、と息を飲み込み、ずっと考えていたセリフを口にしようとしたが、

「あなたには本当にお世話になったわね、ハリー」

リアスが先に話を始めてしまった。

「いや、おれは当然のことをしたまでだ」

ううん、と少女が首を横に振ると、それにつられて長く美しい黒髪も揺れる。

「よく知らない場所でやっていけたのはあなたが助けてくれたからだと思ってる。あの子たちもあなたのことが大好きだしね」

おお、思ったより好感度が高くないか、とキャプテンが喜びかけたそのとき、

「あなたが友達でいてくれてよかったと本当に思う」

がらがらがら、と何か大きなものが崩れ落ちた音が聞こえた気がした。

「と・も・だ・ち?」

「ええ。あなたはわたしのいい友達よ、ハリー」

とてもいい笑顔で言われたので南方生まれの若者は何も言い返せなかった。こんな美しい娘と友達だというのは疑いようもなく喜ぶべきことだった。だが、2人の関係性がそれ以上の段階に進むことはない、というメッセージが少女の笑みに込められているように思えたのだ。そんなわけなので、用意してきた告白を持ち出すことはできなくなってしまった。

「どうかした?」

「いや」

青年はそれでも精一杯胸を張ってから、

「リアス、おれもそのうちマズカで仕事をしようと思っている」

「あら、ハリー。あなた、寒いのは苦手だって言ってたじゃない。マズカの冬は大変だって聞いたけど」

「夏に行けばいいさ。そのときに向こうを案内してくれないか?」

「ええ、別にいいけど」

(よっしゃ!)

キャプテン・ハロルドは諦めてはいなかった。故郷の戦火を逃れて異国で奮闘してきた男がこれしきのことで折れるはずもないのだ。異国の地で2人きりでデートしてやる、という野望が芽吹きかけたが、

「あなたが来てくれたら、子供たちと一緒に出かけることにするわ」

じゃあね、ハリー。そう言ってリアスは無意識のうちにとどめを刺したことにも気づかないまま、教え子の方へと歩いていく。

「ハリー、あんまり気を落とさない方がいいぞ」

一連の流れを見ていたベックが真っ白に燃え尽きたキャプテンを悲しげに見た。

「何を言ってるんだマスター、おれは別に」

涙をこらえるダンサーの左右の肩を2つの手が同時に叩く。

「事情はよくわかりませんが、あなたには同情します」

アルが真面目腐った顔でそう言えば、

「おれたちは仲間だ、って一目でわかったぜ」

シーザーも心得たとばかりに大きく頷く。女子に恋心をわかってくれない苦しみを抱く同志を、2人の騎士は本能的に見出していたのだが、

(あんたらと一緒にするんじゃねえよ!)

意味もよくわからないまま、キャプテン・ハロルドは何故か腹を立てていた。そこから少し離れた場所で、子供たちとわいわい話していたセイが、

「ん?」

よく知る人物が近づいてくるのに気づいた。

「どうやら間に合ったみたいだね」

ノーザ・ベアラーがふうふう言いながらこちらへと向かってくる。彼女が息を荒くしているのは、その両手に抱えられた大きな袋が原因だというのは明らかだった。








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