第80話 女騎士さん、悪を成敗する(中編)

セイジア・タリウスの数々の武勲はアステラ王国で広く知られていたが、彼女が実際に戦うのを見た国民は少なかった。女騎士は主に国外で戦っていたためなのだが、その意味では、今夜この劇場にやってきた人々は「金色の戦乙女」の戦いぶりを直接目撃できた幸運に恵まれていた、と言えるのかもしれない。「ブランルージュ」の全ての演し物よりも、美しい騎士の戦闘の方が強く記憶に残った人も少なからずいたほどである。

「まさしく獅子奮迅と呼ぶにふさわしい」

国王スコットもかつて臣下だった女騎士が戦うのを見るのは初めてで、圧倒的な戦いぶりに興奮したのか、顔を紅潮させながらも、戦場での彼女の奮闘を脳裏に思い描き、

(そちはあのようにして国のために尽くしてくれたのだな)

と心を大きく動かされていた。その隣に座った宰相ジムニー・ファンタンゴは主君とは対照的にいつも通りの無表情であったが、注意深い人が見れば、いつもよりも若干顔は青ざめ、いつもよりも唇が強く閉じられている、と気づいたかもしれない。とはいえ、外見の些細な変化から、冷徹な政治家の内面がうかがい知ることができるはずもなかった。

「大盛り上がりね」

リブ・テンヴィーが呆れたのも当然で、場内はセイを応援する拍手と歓声と口笛に満ちていて、「セイジア」のコールまで起きていた。舞台の上で女騎士と悪漢が戦っているのは、決して演武でも寸劇でもなく、まぎれもない真剣勝負のはずなのだが、

「みんな、ヒーローショーか何かだと思っているのかもしれません」

アリエル・フィッツシモンズは気の抜けた笑いを漏らすが、戦闘のプロである彼には、そうなった理由がなんとなくわかっていた。

(セイさんとやくざ連中の実力差が開きすぎているせいだ)

力が拮抗している者同士がやりあえば殺伐した雰囲気になるのだが、力量に差がありすぎるとどうしても真剣味は薄れてしまうのだ。大人と子供、あるいは人間と人形との間にリアルファイトが成り立たないのと同じことで、観客もセイの戦いを一種の絵空事として楽しむことができているのだろう。そして、別の理由に気づいている者もいた。

「あの女には華がある」

アゲハがつまらなさそうにつぶやいていた。

「不思議なものね。さっき踊っていたときよりも、今ああやって喧嘩している方がずっと生き生きしている。というか、あいつは騎士だったっていうから、別に不思議じゃないのかもしれないけど」

「あなたが他の人を褒めるとは思いませんでした」

カリー・コンプの驚きはダキラ・ケッダーも同様に感じていたことだった。天上天下唯我独尊、と頭から信じ込んだ天才歌手にあるまじき振る舞いと言えた。

「事実を述べただけで別に褒めてないわよ」

ぷい、と歌姫は顔を背けようとするが、それでも今「彼女」のいる劇場の最後部からはいくらか遠く見えるステージで繰り広げられている美しい騎士の絢爛とも言える戦闘から目を離すことができずにいた。

歌姫の指摘は的を射たもので、戦いに臨むセイジア・タリウスの動きは華麗にして優雅で、人の目を引き付けずにはおかないものだった。彼女は今数十人ものならず者を敵に回して戦っているわけだが、その表情に悲愴感はまるでなく、その動きにも焦りなど全く見えなかった。戦うために生まれついた獣が、本能の命じるまま気の向くままに動き回っているようなのびやかさがあった。拳だろうと刃だろうと金髪の騎士を傷つけることはできない。数学者のごとく正確に、職人のごとく丹念に、恋人のごとく思いを込めて、彼女は並み居る敵をひとりひとり倒していく。悪党を打倒する技は一つとして同じものはなかった。

フック。前蹴り。ハイキック。フロントネックロック。アッパーカット。ヘッドバット。テンカオ。スピアー。一本背負い。正中線四連突き。カーフキック。ボディスラム。三日月蹴り。猛虎硬爬山。掌底。無影脚。シャイニング・ウィザード。ジャイアントスイング。バックスピンエルボー。小手返し。レバーブロー。ドラゴンスクリュー。ネリチャギ。山嵐。脳天唐竹割り。DDT。コークスクリュー・ブロー。ビクトル投げ。胴回し回転蹴り。

「おまえは技のデパートか、っつーんだよ」

シーザー・レオンハルトはうんざりしていた。セイが明らかに以前よりも腕を上げていたからだ。好きな女の子が自分より強いのでは話にならない、と一生懸命鍛えてきたのに、向こうがもっと強くなっていたというのでは、ブルーになっても仕方がないというものだった。

(まあ、そんな強い女だから惚れたんだし、惚れたおれが悪いんだがな)

そう思いながら、青年騎士は右手に持ったコップ酒をあおり、左手に持ったチキンを食いちぎった。

「あら、シーザーくん、それ、家から持ってきたの?」

リブが目ざとく見つける。

「いや、さっき売り子が来たときに買っておいたんだが」

そう言われてみると、食べ物と飲み物の入った箱を抱えた女性が何人か通路を行きかっているのが女占い師にも見えた。

「なかなかおいしそうじゃない。今度来たら、わたしの分も買っておいてくれない?」

「へいへい」

お酒に目のない美女が我慢できるはずがない、というのはわかりきっていたので、シーザーはおとなしく言うことを聞くことにした。

「いけーっ、セイ!」

「やっちゃえーっ!」

「セインツ」の少女たちもセイに熱い声援を送る。暴力に真っ向から立ち向かう美しい騎士が、子供たちには天からやってきた希望の使者であるかのように見えていた。

「おまえが最後か」

何十体ものやくざ者の身体が横たわるステージの上でセイはただ一人残った巨漢と対峙していた。彼女より頭一つ大きく、体重は3倍もあるはずで、体格はあまりにも違いすぎていたが、

「来い」

くいくい、と指し伸ばした掌を上へと折り曲げて、セイがデカブツを挑発すると、うおおおおお、と馬鹿でかい叫び声と共に男は美女へと突進する。野に咲く一輪の花が猛牛に踏みにじられるかのような、絶望的な眺めであったが、

「ふん!」

セイの右のボディブローが悪党の土手っ腹に炸裂すると、巨体が宙に浮く。そして、

「てりゃあ!」

空中に飛ばされた悪党の顔面を左の飛び蹴りが直撃し、ぐるんぐるん、と惑星の自転を思わせる動きを見せた後で、どすん、と地響きとともに巨漢は白目を剥いて舞台に落下した。女騎士は全てのごろつきを始末したのだ。

「おお、ブラボー!」

場内から万雷の拍手がセイへと降り注ぐが、賛辞を浴びても彼女はどこ吹く風、と言った趣きで、ふう、と息をつきながら額に手をやって汗を拭っただけだった。

(いい運動になった)

心地いい疲労を感じた女騎士は2つの拳を血に染めながらもさわやかに笑っていたが、しかし、彼女の戦いはまだ終わってはいなかった。

ばん、と劇場の最後部中央にあるドアが大きな音を立てて開いたかと思うと、

「きえええええええええええええっ!」

怪鳥のごとき叫びとともに何者かが乱入してきたではないか。

(おのれ、セイジア・タリウス。今日こそ決着をつけてやる)

セイに二度も敗北を喫した裏社会の仕事人、「影」が最後の戦いに挑むべく大晦日の王立大劇場へとやってきて、そして今まさに標的めがけて駆け出していた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る