第35話 女騎士さん、ダンスを習う(前編)

リアス・アークエットからダンスを教えてもらえることになったセイジア・タリウスは次の日から早速工場跡で練習を始めた。だが、始めたばかりとはいえ、どうにも上達しそうな感じがつかめないので、早くもへこみかけていた。リアスは女騎士が失敗しても叱ったりせずに「続けなさい」と無表情で言うだけなので、何を考えているのかわからない。その代わり、一緒に練習している5人の少女たちが手取り足取り教えてくれていた。新米が入ってきたのがうれしくて、教えたくなっているようだった。

「違う違う。こうだって」

「こうか?」

シーリンの言われた通りにしてみたが、

「そうじゃないったら。こうなんだってば」

ヒルダに注意されて直しても、

「だから、それじゃダメなんだよ」

イクにも怒られて、ついには、

「わっ!」

転んでしまった。痛たたたた、と腰をさすっていると、

「セイってへたっぴだね」

シュナにとどめをさされてしまった。一番小さいこの子にもできていることができないので、さすがに落ち込んで溜息をつく。

「わたしにはダンスの才能というかセンスがないのだろうか」

思わずそう言うと、

「あ」

少女たちが全員固まっていた。禁断の封印を解いてしまったかのように顔が真っ白になっているので、どうしたのか、と思っていると、セイのすぐ後ろにいつの間にかリアスがやってきていて、腕を組んで女騎士を見下ろしていた。何処かから地響きが聞こえてきそうなものすごい迫力だ。

「才能だとかセンスだとか、そういう話は死ぬほど努力してからにしてくれない? ほんのちょっとやっただけで簡単に諦めないでくれる?」

ほら、やっぱり、と5人は顔を見合わせた。上手く行かずに失敗して、それを才能やセンスのせいにするのは、リアスが一番嫌うことで、少女たちも今のセイのように弱音を吐いて、きつく叱られたことがあったのだ。金髪の騎士はすぐに自らのあやまちに気づいて、

「すまない。みっともないところを見せてしまったな」

と謝った。

「別にいいわよ。あなたも人間なんだな、って思って、逆にちょっと安心したくらいだから。何でも最初から上手くこなせるわけでもなく、上手くいかないと落ち込む、わたしたちと同じ普通の人なんだな、って」

黒いドレスを身にまとった美少女はそう言って微笑んでから、

「それよりも、わたしが気になってるのは、あなたの恰好なんだけど、それ、一体何なのよ?」

セイが今来ているのは小豆色のジャージだ。左の胸には「たりうす」と名札が縫い付けてある。

「いや、これは騎士団に入ったばかりの頃、訓練の時に着ていたものだ。今回、一からダンスを教わる、ということで初心に帰るつもりで衣装箱から引っ張り出したのだが」

ということは、およそ7年前の服ということになるわけで、背が伸びた今の彼女には合わなくなってお腹が見えてしまっている。

(物持ちが良すぎる、というか、ダサすぎる、というか)

ダンス以外にもファッションもレクチャーした方がいいのだろうか、と思ってから、リアスは気を取り直す。

「まあ、服装はともかく、とりあえず今まで見させてもらって、あなたの問題点はわかったわ」

「え?」

セイが驚いていると、「そうね」とかわいい鬼コーチは少し考えてから、

「セイ、今すぐここで宙返りしてくれない?」

と言ってきた。

(そんな無茶ぶり、ある?)

2人の様子を見守っていた少女たちは心の中でツッコミを入れたが、言われた女騎士は、

「お安い御用だ」

とあっけらかんと言ってのけると、すぐさま後方に高く飛び上がり、ぎゅるるるるるる! と十回以上高速で回転してから、もといた地面へと降り立った。目を回した様子は全く見られない。体操競技なら10点満点間違い無しの跳躍に、少女たちは口を「ぽかーん」と開けてしまう。

「セラ、今のを見た感想は?」

いきなりコーチに質問されたショートカットの娘は少し慌てて、

「えーと、あんなに飛べるのにどうして踊れないのかわからない」

「そうね。誰だってそう思うわよね」

大きく頷くリアスに向かって、

「だから、それが才能というかセンスというか」

とセイは言いかけるが、雌豹に似た少女に、ぎろり、と睨まれては口をつぐむしかなかった。

「あなたの身体能力は申し分ないし、才能もセンスもあるはずよ。ただ、その生かし方をまだ知らないだけ。それを教えるのがわたしの役目、と言いたいんだけど」

リアスはいたずらっぽく笑うと、

「でも、最初は他の人に教えてもらった方がいいのかもね」

「え?」

女騎士がとまどっていると、

「おいーっす」

と男の野太い声がした。見ると、黒い肌のいかつい男が建物の入り口からこちらへとやってくるところだった。

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