第34話 女騎士さん、仲裁する
「ブランルージュ」への出場を目指す5人の少女たち、セラ、シーリン、ヒルダ、シュナ、イクは行き詰まっていた。コーチをしてくれていたリアス・アークエットと仲違いをしてからというもの、自分たちだけで上達を目指していたのだが、いい方向に向かっているとはどうしても思えなかった。それに、自分たちでやろうとしてみても、結局それは今までリアスに教わっていたやり方でしかなく、わざわざ自己流でやる意味はあるのか、と思わざるを得なかった。その日もいつもの練習場所である工場跡に集まった5人の顔は冴えなかった。
「どうしよう」
シーリンのつぶやきに誰もいい答えを出せない。
「ねえ、やっぱりリアスに戻ってきてもらった方が」
ヒルダがそう言いかけたが、
「なんでだよ? 悪いのはリアスじゃん! わたしたちから頼むのはおかしいだろ」
セラが食って掛かる。そもそも、リアスがセイジア・タリウスにひどい態度を取ったのが少女たちが腹を立てた原因なのだ。謝るべきは向こうであって自分たちではない、というのは5人に共通した思いであったが、
「でもよ、わたしらだけで大会に出るのもきついと思うから、そこもなんとかしないと」
イクが困った顔で言うと、雰囲気は一層重くなった。「ブランルージュ」本大会への出場者を選抜する予選会の参加が迫っていて、その予選会すら出られるか怪しかったのだ。と、そこへ、
「どうした? なんだか暗いな」
のんきに笑って現れたのはセイジア・タリウスだ。今日もスタジャン、野球帽、伊達眼鏡、という奇天烈な格好をしているが、姿を現しただけで場の空気が明るくなったように感じるのは、彼女の持ち前の人徳のおかげだろうか。
「セイ、大丈夫なの?」
シュナが心配したのは、セイがリアスに「もう来ないで」ときつく言われていたのをこの目で見ていたからだ。
「大丈夫に決まってるじゃないか。それより」
女騎士は真剣な顔をすると、
「おまえたち、まだリアスと喧嘩しているそうだな」
目下抱え込んだ最大の懸案事項をズバッと指摘されて、「うっ」と5人は言葉に詰まってしまう。
「おまえたちがリアスと喧嘩をしたのは、わたしが追い出されたのを怒ったからなんだろ? まあ、その気持ちはありがたいんだが、それだったら、もう喧嘩をする意味なんてないんだぞ。わたしとリアスは友達になったからな」
「え?」「そうなの?」と少女たちは目を丸くする。
「そうさ。だから、おまえたちもリアスと早く仲直りするといい。もうすぐ大会が近いんだろ? 喧嘩している時間がもったいないじゃないか」
「そういうことなら」と空気がいくぶんやわらいだかと思えたが、
「ダメだよ、そんなの」
セラの声はまだ厳しいままだった。
「これはわたしたちの問題なんだ。セイとリアスが仲良くなったって、そんなの関係ない。リアスに謝ってもらわないと、わたしは許さないから」
ショートカットの少女の強情さを女騎士は微笑ましく思ったが、
「じゃあ、リアスが謝ったら許すんだな?」
と問いかけると、「え?」と5人は驚きを隠せなかった。いつも厳しいあの美少女が自分たちに謝るとは思えなかったのだ。
「そんなのわからないよ。謝り方にもよるし」
シーリンが不貞腐れたようにつぶやいたのを見て、
「人生の先輩としてアドヴァイスさせてもらうが、人に謝られたらとりあえず許した方がいいぞ。自分の身になって考えてみるといい。せっかく謝ったのに『言い方が気に入らない』とか『本当に反省していない』とか言われたら嫌だろ? 悪いことをしたら謝る、謝られたら許す。そうしていくことで世の中は動いていくんだ」
20歳になったばかりの女子が「人生の先輩」を気取るのも妙なものだったが、この場にいる人間で一番年上なのは確かではあった。セイに注意されても、少女たちはまだ不満げな態度をしていたが、
「まあ、許したくないなら許さなくてもいい。わたしが強制できることでもないからな、ただし」
女騎士はにやっと笑い、
「あれを見てもまだ許さない、と言えるなら大したものだ」
と言った。意味が分からずに5人が固まっていると、
「おい、リアス。入ってきていいぞ」
セイが建物の入り口へと声をかけると、リアス・アークエットが入ってきた。
(あっ)
その姿を見た少女たちはみな声にならない叫びをあげた。リアスはぼろぼろと涙をこぼしていたのだ。そして、
「ごめんね。本当にごめんね。わたし、嫌なやつだったよね? みんなに厳しくしてばっかりで、ちっとも優しくしなくて。それもみんなのことを考えてたからなんだけど、でも、そんなの言い訳にならないよね? 嫌われてもしょうがない、って思ってるけど、でも、そんなのやだ。みんなに嫌われたら、わたし、生きてけないもの」
リアスは間違いなく謝っていたが、5人にはその言葉を聞くまでもなかった。厳しくはあっても、自分たちのことを考えてくれていたおねえさんが、傷ついて泣いている。それだけで十分だった。許すも許さないもない。ただ悲しかった。だから、みんなで一緒に泣いていた。そして、少女たちはリアスに走り寄って抱きしめていた。「ごめんね」と互いに言い合い、涙を流す姿を見て、
(だから言ったんだ。この子たちが泣いているリアスを見て許さないはずはないんだ)
セイは安堵する。リアスと少女たちがしっかりと関係を作っていたのもわかっていたから、仲直りできると信じていたのだ。少しのいさかいで破れるようなやわな絆ではなかったし、その絆はこのいさかいを乗り越えたことでさらに強くなるだろう、と思っていた。
(ありがとう、セイ)
リアスは心の中で感謝していた。「テイク・ファイブ」にやってきた女騎士は黒ずくめの娘の顔を見るなり、
「まだみんなと仲直りしてないな?」
と言い出して、早く謝るようにすすめてきたのだ。あまりにも勘が鋭すぎるが、そう言ってくれて本当に助かった、と思っていた。自分からは謝る勇気が出せないでいたからだ。ここまで来る途中も「行くのが怖い」と泣いてしまっていたのを、「大丈夫だって」と若い騎士は励まして手を引いてくれたのだ。
(不思議な人。ただそこにいるだけで、周りの人を強くしてくれる)
セイと付き合い出して、5人がすっかり明るくなったのにリアスは気づいていた。そもそも、この女騎士と知り合わなければ、少女たちは今頃警察に捕まっているか、借金取りに追われていたはずだった。もしかすると、そういった変化を知っていたから自分は必要以上にセイを拒んだのかもしれない、と思っていた。子供たちが自分よりも金髪の騎士と仲良くなるのを恐れていたのかもしれない。今となってはつまらない考えとしか言いようがなく、そのような偏狭さからリアスは既に解き放たれていた。自分一人でなく、みんなで少女たちを助けていくのだ。そして、自分もセイや少女たちやみんなに助けられていけばいい、という気持ちになっていた。
「あー、ところで」
抱き合っている師弟を包みこむ感動の雰囲気にひとり入り込めないセイが気まずそうに話しかける。
「リアスは今日、わたしに何の用があったんだ?」
美しき拳銃使いは噴き出してしまう。呼び出した用件を告げる前に、ここまで連れられてきてしまったのだ。せっかちにも程がある。「どいて」と5人に優しくささやいてから、セイの方へ近づく。
「何度も聞いて悪いけど、あなた、本気でダンスを習いたいの?」
「もちろん。わたしはリアスに習いたいんだ」
女騎士の青い瞳に真剣さが浮かんでいるのを見て、「そう」とリアスは小さく笑うと、
「それなら教えてあげるわ。これから毎日、この子たちと一緒に練習しましょう」
「おお。そうか。それはうれしい。ありがとう、リアス」
セイはもちろん喜んだが、5人の少女もみな「おー」「やった!」と喜ぶ。仲間が増えるのはうれしいのだろう。
「ただし」
黒衣の美少女の瞳に冷ややかな光がよぎる。
「わたしの指導は甘くないわよ。あなたが優秀な騎士なのは知っているけど、果たして耐えられるかしらね?」
廃墟の中で冬の嵐が突如巻き起こったかのようにセイには感じられた。「うわあ」「やべえ」と言っているところを見ると、子供たちも脅威を感じているのだろうか。胸の内にいくらか怯む思いをおぼえながらも、
「望むところだ」
とセイは不敵に微笑んだ。恐怖の対象に向かっていく勇気こそ、騎士にとって最も重要な資質にほかならず、彼女もそれを当然持ち合わせていた。
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