第24話 少女が拳銃使いになるまで(その6)
猛スピードで逃げる荷馬車を馬に乗った一団が追いかけている。
「もっと急げ!」
荷台に乗った太った男が御者に向かって叫ぶが、これ以上速くするのは無理だというのはわかっているので、その言葉には絶望が入り混じっている。左から槍を持った男が、右から斧を振りかざした覆面が荷台に手をかけようとしたまさにそのとき、銃声が鳴り響き、男たちの姿が消え失せる。
「来てくれたか!」
荷台の男が前方を振り向くと、馬に乗った黒い人影が2つこちらにやってくるのが見えた。一人は中年男で、もう一人は少女だ。
「おいでなさったな」
男―ノジオ・Aが笑うと、
「そうね」
少女―リアス・アークエットが応じた。先頭の2人が落馬したが、集団はなおも馬車に追いすがっている。男の言葉を待たずに、リアスは馬の横腹を蹴って駆け出した。近頃、街道に出没する盗賊を退治するように依頼を受けていたのだ。
(騎士崩れか)
少女は相手の素性を冷静に見極める。盗人を相手にするのはこれが初めてではない。戦場から逃げてきた騎士たちが泥棒へと転落するのは珍しいことでなく、このような経験が彼女に騎士への偏見を植え付け、ひいてはセイジア・タリウスに対する「塩対応」にもつながっているのかもしれないが、それはさておき、リアスは馬車にとりつこうとすると盗賊どもを1人1人確実に仕留めていく。6連発のリボルバーを撃ち切ると、あらかじめ用意していたもうひとつのリボルバーをホルスターから抜いて、また悪党を始末する。実に落ち着いた仕事ぶりで、拳銃使いの弟子になって1年余りとは思えない堂々たるものだったが、そこへ別の銃声が鳴り響いた。驚いた少女が横を見ると、牛のような角の生えた兜をかぶった男が地面に叩きつけられているではないか。ライフルを構えたノジオが追いついてきた。
「背中にも目を付けておけ」
大声を張り上げると、今度は彼が先を行った。無理を言われているとは思わなかった。この稼業で生きていくためなら普通の人間を超えていかねばならなかったし、師匠が助けてくれなければ、あの男の接近に気づかないまま襲われていただろう。しかし、少女がおのれの未熟を悔やんだのはわずかな間だけだった。反省している暇があったら敵を討ち果たすべきで、実際にそうしていた。2人の拳銃使いによって、盗賊団は瞬く間に倒されていったが、「うわああああ」と叫びながら最後に残った一人がだんびらを振り回しながら迫り来るのが見えた。全速力でやってくるのは、全身を鎧で覆っていて弾丸などものともしない、と考えているのか、あるいは1人だけ残されて自棄になっているのかは見当がつかなかったが、
「まかせた」
ノジオが溜息混じりに言うと、
「うん」
と頷いた少女は弾倉に最後に残された一発を事務的に発射した。プレートアーマーをまとった相手への対処法はすでに出来上がっていた。体中を鉄板で覆い隠している、といっても完璧にガードできるはずもなく、何処かに必ず隙があり、そこを狙って撃てばいいのだ。今向かってきている相手の兜にも、視界を確保するためのスリットがあったので、リアスはそこを狙った。
「ぐ」
鎧武者が声を上げた後で、かんかんかん、と金属音が響き、空中でびくびく体を震わせてから、重い音とともに大地へと落下し、乗り手を失った栗毛の馬が向きを変えて走り去っていく。最初何が起こったのかわからなかったが、おそらくスリットから入った弾丸が鎧の中を跳ねまわり、賊の身体のあちこちを撃ち抜いた、ということではないか、と少女は推測した。初めての経験だったが、
「おまえさんがビリヤードをやるとは知らなかったな」
にやにや笑いかけてきたところを見ると、男には以前にも見覚えのある光景だったらしい。
「やめてよ」
とリアスは少しだけ怒ってみせる。師匠ではあったが、ふざけた態度まで見習うつもりはなかった。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
荷車から降りてきた男がぺこぺこと頭を下げる。危機から脱した喜びが体中からあふれていて、大事な命を守ることができたのにリアスは安堵する。
「すまなかったな。来るのが遅れちまって、生きた心地がしなかったろう」
ノジオの言葉に男は首を横に振って、
「いえいえ、あなた方のことを信用してましたから。さすがはこの辺で一番の使い手ですね。お嬢さんの方もまだお若いのに素晴らしい腕前だ」
褒め言葉に照れくさそうにしていたリアスの表情が、男の言葉の続きを聞いた途端に凍り付く。
「それにしても、見事なコンビネーションでした。お父さんと娘さん、親子で組んでいるだけのことはありますね」
「そんなに笑うことはないでしょ」
少女の不機嫌な顔を見たマダムの笑いは余計に止まらなくなる。リアスとノジオから聞いた昼間の出来事が面白すぎたのだ。
「まったくだ。おれはこんな生意気な娘を育てた覚えはねえ」
ノジオはウイスキーをあおり、
「わたしだって、こんないい加減な父親から生まれたつもりはないんだけど」
リアスはカウンターの上で頬杖をついた。よく似た態度の2人に、
(だから誤解されるんじゃない)
マダムはそう思ってさらにおかしくなってしまう。街道沿いにある酒場「コルト」はノジオ・Aの馴染みの店で、リアスと一緒にしばしば宿を借りてもいた。盗賊を退治した2人はこの店で夕食を摂ってから、体を休めているところだった。
「でもねえ、リアスちゃん。誤解されるのも無理ないと思うわ」
「ナンダさん、そんな意地悪言わないでよ」
「コルト」を一人で切り盛りしているナンダは婀娜っぽい女性で、黒ずくめの拳銃使いとは昔からの友人らしいが、それ以上の関係だったこともあるのではないか、とリアスは勘繰って、探りを入れたこともあったが、「ただの腐れ縁よ」とマダムに軽くあしらわれて終わりとなったものだった。
「意地悪じゃないわ。だって、あなたとノジオ、服装がそっくりじゃない」
「ペアルック」と言いたいところだったが、そう言うと少女が逆上しそうなのであえて使わないことにした。
「そりゃそっくりに決まってる。こいつはおれの服を勝手に持っていきやがったんだからな」
男が苦り切る。弟子入りしてすぐに、リアスはノジオの着替えを持ち出して、自分が着るためにサイズを小さめに直してしまっていた。ロザリーに裁縫を習っていたので、それくらいのことはできたのだ。
「仕方ないでしょ。スカートをひらひらさせて拳銃をバンバン撃つわけにもいかないし、わざわざ服を買うわけにもいかないんだから。誰かさんのせいで、余計なお金は使えないしね」
あからさまに当てこすりを言われて、「うるせえ」と男はそっぽを向いた。ノジオには「堅実」という概念がないらしく、仕事で得た報酬は酒とギャンブルに消えるのが常だった。
(それだけでもないと思うけど)
ナンダは心の中だけでつぶやいた。憎まれ口を叩いていても、少女が師匠に敬意を持っているのは見ればわかった。だから、同じ服を着ることで少しでも近づこうとしているのではないか、という気がしたのだが、
「ナンダさん、また変なこと考えてない?」
勘の鋭い娘に察知されそうになったので、
「何も考えてないわよ」
と軽くかわした。マダムにいなされたリアスはノジオの方を見ると、
「っていうか、ノジオが別の服を着ればいいんじゃない? そうしたら、わたしとかぶることもないんだから」
とにやにや笑って言った。拳銃使いは空のグラスをカウンターに置くと、
「どうしておれが着替えなくちゃならんのだ。おまえがおれを真似したんだろうが」
「あなた、その顔でフェミニストなんでしょ? だったら、わたしに譲るべきよ。ほら、レディーファースト、ってよく言うでしょ?」
「笑わせやがる。こんなレディーがいてたまるか。それから『その顔』っていうのはなんだ」
「その顔はその顔よ。本人だけがイケメンだと思っている十人並みの顔のことよ」
口喧嘩を繰り広げる2人を「仲のいいこと」とナンダは微笑ましく見ていたが、
「いい機会だから言っておくけど、あなた時々はお風呂に入りなさいよ。馬小屋みたいな臭いがするから」
とリアスが言ったのに噴き出してしまう。
「はあ? 馬小屋みたいな臭いってなんだ?」
しかめ面になるノジオに、
「だって、そうとしか言いようがないんだから。動物というか、わらみたいな臭いがするんだもん。ねえ、ナンダさんもわかるでしょ?」
いきなり話を振られてマダムも困ってしまう。
「そんなわけないじゃねえか。おまえ、いくらなんでも失礼だぞ」
「まあ、自分の体臭は自分じゃわからないっていうから」
そう言うとリアスは立ちあがって男の頭に顔を近づけて、すんすん、と臭いをかいでから、
「ほら、変な臭い」
と、くすくす笑い、「先に上がってるね」と店の奥にある階段の方へと歩いて行った。2階にある部屋で寝泊まりしているのだ。
「ねえ、ノジオ」
複雑な表情を浮かべている男にマダムが話しかける。
「なんだよ、ナンダ」
いつになってもそのつまらない駄洒落をやめないんだから、と思いながらナンダは話を続ける。
「リアスちゃんのこと、ちゃんと考えてあげなきゃダメよ」
「考えてるさ。どうにかして一人前の拳銃使いにしよう、ってな」
「そうじゃなくて。あの子は女の子なのよ。まだ14歳、いいえ、もう14歳って言った方がいいわね。いつまでも子供じゃないのよ」
ふん、とノジオは不貞腐れたような顔をして、
「嫁の貰い手でも探せ、っていうのか」
「そうねえ。でも、あの子の相手をするのは並の男じゃ無理、って気もする」
「違いない。あんなじゃじゃ馬、乗りこなすのも一苦労だ」
ナンダは男にウイスキーのお代わりを手渡す。
「あなたがリアスちゃんをお嫁に貰ったら?」
思いがけない言葉に、ぶっ、とノジオが酒を噴き出す。
「はあ? 何言ってんだ? 馬鹿馬鹿しい」
「きっといい奥さんになると思うわよ。しっかり者だし、とてもかわいいし」
そう言ってから、声をひそめて、
「ここだけの話なんだけど、うちのお客さんにもあの子は結構人気があるみたい。『紹介して』って何度も頼まれてるのよ」
「今度そういうやつがいたら、おれに教えろ」
「どうして?」
「撃ち殺してやるんだよ。弟子に近づく悪い虫を追い払うのは師匠の務めだからな」
琥珀色の酒をあおるノジオにナンダは呆れる。「それは完全に嫉妬でしょ?」と言いたかったが、酔った男に拳銃を振り回されるのも面倒なので黙っておく。
(つまんねえことを言いやがる。おれとあいつ、いくつ年が離れてると思ってるんだ)
グラスをあおりながら男は思ったが、この思いをマダムが知ったら、「年齢差を気にしているところを見ると、やっぱりあの子を女として見てるんじゃないの?」と突っ込まれたはずなので、口にしなくて正解だったのだろう。
(それはどうでもいいが、あいつもそろそろ次の段階に進む頃合いかもしれん)
酔いの回った頭でノジオはある決心を固めていた。
「なんでもいいから、ひとつだけ言うことを聞いてやる」
翌朝、街の食堂で食事を摂っているときに、同じテーブルについたノジオからいきなりそう言われたリアスは驚いて顔を上げる。スクランブルエッグがべちゃべちゃなのも気にならなくなっていた。
「言っておくが、『何度でも言うことを聞いてほしい』というのは無しだぞ」
「そんなこと言わないわよ」
あなたと一緒にしないで、と少女は思う。
「つまり、タダで仕事を引き受けてやる、ということだ。これがどういう意味か、おまえならわかるだろ?」
言わんとすることはわかった。人間としてはまるで尊敬できないが、ノジオ・Aが一流の拳銃使いであることに間違いはない。そんなプロフェッショナルが無料で仕事をしてくれる、というのは大変なことだ、というのは少女にも理解できた。
「何を企んでるの?」
「何も企んじゃいないさ。おまえが一人前の拳銃使いになったお祝いをしたいだけだ」
男は事も無げに言い放ってコーヒーを飲み出したが、いきなり一人前だと認められたリアスはパニックになる。
「わたしが一人前?」
「そうさ。なんだ、嬉しくないのか?」
「いえ、嬉しいことは嬉しいけど、あんまりいきなりだから。ねえ、どうして一人前だと認めてくれたの?」
「なんとなく、だ」
男はしかつめらしく言ってみたつもりのようだが、まるで根拠がないので少女は呆れる。この人は、わたしの人生を何だと思っているのだろう。
(まあ、それも今更なのかな)
思えば、ノジオは彼女の師匠ではあるが、親切丁寧に指導してくれたわけではない。銃の使い方を最低限教えると、さっさと実戦の場に彼女を連れ出し、
「ここで生き抜くことが一番の勉強だ」
と言って彼女を抛り出したのだ。無茶苦茶だ、と今でも思うが、危なくなると必ず守ってくれたし、刃と矢と弾丸をかいくぐるたびに経験値が溜まっていったのは間違いなかった。ロザリーとはまるでやり方は違ったが、男と共に暮らした日々は、少女にとって学ぶところが多かったのは確かだった。
「というわけだから、おれに頼みたい仕事を何にするか考えておくんだな。せっかくの出血大サービスだから、よく考えるといい」
「ううん」
リアスは首を横に振ると、
「もう決まった」
と言って、ベーコンをフォークで刺した。焦げかけるまでカリカリに焼いてくれればいいのに、と若干不満を感じていた。
「おいおい、そんなに簡単に決めていいのか?」
「別に簡単に決めたつもりはないわ」
ベーコンを食べ切ってから少女は言った。
「あなたに頼みたい、というよりは、わたしに付き合ってほしいことが、ひとつだけあるんだけど」
夜の路上で左足を撃ち抜かれて、髭面の男は転倒する。膝が砕かれているのがわかった。自分を撃ってきた黒ずくめの娘が近づいてきて、静かに呟く。
「じゃあ、右もいっておこうか」
その言葉で相手の正体と、いきなり撃ってきた理由が男にはわかった。
「おまえ、あのときの踊り子か?」
少女の眉が、ぴくり、と動く。
「あら、意外と記憶力がいいのね。足を踏まれた方は忘れないけど、踏んだ方は忘れてる、っていうけど、そうでもないのかな」
と首を捻ってから、ぱん、と右の膝も撃ち砕いた。ぎゃああ、と情けなく悲鳴を上げて髭面はのたうちまわった。
「あなたのおかげで、わたしの人生めちゃくちゃよ。もう踊れなくなって、拳銃を振り回さなければ生きていけなくなっちゃった」
「頼む、殺さないでくれ」
鼻水と涙をダラダラ垂れ流すやくざ者をリアスは心外そうに見る。
「人聞きの悪いことを言わないで。わたしの足を傷つけたあなたにお返しをしただけよ。命まで取るつもりはないわ。いいことを教えておいてあげるけど、この街のはずれの診療所に腕のいいお医者様がいるから、その人に診てもらうといいわ。ちなみに、おじいさんの方よ。若いのは口ばかり達者で腕はからきしだから」
そう言いながら、しゃがみこんで、かつて自分の左足を砕いた男の顔をしげしげと見つめる。
「今はこれで勘弁してあげるけど、また悪いことをしたら、次は殺しちゃうから、せいぜい真人間になることね」
と笑いかけた。美しい死神の微笑に「わかりましたあ」と泣き崩れた髭面を、少女は立ち上がってから思い切りブーツで踏みつけて意識を飛ばした。平たくなった血まみれの顔を見降ろして、「だっさ」と吐き捨てる。
「それでいいのか」
ノジオが近づいてきた。少女の頼みを聞くために、イーオの街まで一緒に出てきたのだ。
「生かしたところでろくなことにならんと思うがな」
「死んだところでろくなことにはならないわよ。こいつを殺しても、わたしの足が治るわけでもないし、みんなが帰ってくるわけでもないし」
あえて命を奪わないのは、彼女の優しさではなく絶望の深さを証明しているように男には思えた。
「こいつのことはこれで終わりよ。次からが本番だから」
そう言うとリアスは暗い路地裏をさっさと出ていった。
突然社長室に乱入してきた少女に、キャバレーのボスは四肢を撃たれた。椅子から動けなくなった彼をデスクの上に駆けあがった彼女が見下ろす。
「貴様、こんなことをしてどうなるかわかってるのか」
睨みつけてきた男の左肩を若い拳銃使いは黙って撃った。ぐああ、と苦悶の声をあげる肥満体の男。
「口の利き方に気を付けた方がいいわね、社長さん」
「このままで済むと思ってるのか」
撃たれたばかりの肩を蹴られて、男は呻く。
「だから、口の利き方に気を付けなさいってば。あ、そうそう。あなたのボディガードは全員動けなくしているわ。警備体制に問題があるようだから、考え直した方がいいと思うけど」
救いの手が訪れないことに愕然としながらも、男はなおも虚勢を張る。
「おれが誰だか知ってぎゃああああっ」
会話の途中で右肩を撃たれてボスは泣き叫ぶ。
「あなた、もしかして馬鹿なの? 意地を張ったってどうにもならないでしょ? そんなに死にたいの?」
ふう、とリアスは大きく息をつくと、
「あなたが誰かは知ってる。わたしの大切な人を傷つけた人よ。十何人もよってたかってひとりの女の人をひどい目に遭わせた、どうしようもない連中の、そのうちのひとりよ」
そこでやくざ者の誇りは崩れ去った。娘の言葉の端々にこめられた鬼気に耐えられなくなったのだ。こいつは自分を地獄へ、いや、地獄よりも遠い場所へと送ろうとしている。
「知らん。おれは知らん。おれは何もやってない」
「でしょうね。あなたたちにとってはよくあるつまらないことだったんでしょうね。だから覚えてなくても無理はない。でも、やられた方はそうじゃない」
そう言うと、リアスは拳銃に弾丸を装填してから、男の両掌と両方の足の甲を撃った。もはや叫び声もあげられない相手に、
「気を失う前に言っておくけど、あなたを撃った弾丸は全部身体の中に残っている。わざと貫通させなかったの。あなたをずっと苦しめ続けるためにね。生きている限り苦しみ続けるといいわ。それでも、あの人の受けた苦しみに比べればずっとマシでしょうけどね、って、もう聞こえてないか」
失神したボスを見て少女は溜息をついた。騒ぎを聞きつけた仲間が駆けつけてくると面倒なので、さっさと立ち去ることにした。閉店後に店に侵入したので客の姿はない。
(これで全員か)
表に出たリアスはしばし感慨に耽った。ロザリーを傷つけた実行犯に全て制裁を加え終えたのだ。3日がかりなので、さすがに疲労を覚えた。
(こんなことをしてもロザリーは喜ばないんだろうけど)
優しい彼女が復讐を祝ってくれるとは思えなかった。たとえ、命は奪わなかったとしても、喜んでくれるとは思えない。しかし、それでも、リアスはやらずにはいられなかったのだ。
「探したぞ」
ノジオが歩いてくるのが見えた。
「終わったわ」
とだけ告げると、
「そうか」
ベテランの拳銃使いは短く答えてから、
「おれの方も終わった」
と言ってきた。
「終わった、って?」
「芸人のギルドのトップとヤクザのボスを仕留めてきた」
思いがけない言葉にリアスは絶句した。その2人はアークエット一座への襲撃を命じた主犯だ。だから、リベンジは最後にしようと考えて、ノジオには下調べと準備を頼んでいたが、始末してくれ、とまでは頼んでいない。
「どっちも見苦しく命乞いしやがって。最近の悪党も質が落ちたもんだ」
「どうしてそんなことを?」
やっとのことで言葉を絞り出した少女を男は見下ろして、
「おまえさんが無益な殺生をしないのは見上げたものだと思うが、世の中にはルールがある。命は命でしか償えない、という決まりだ。だから、おまえの大事な人、ロザリーさんを殺した報いを受けさせたまでのことだ」
そして、弟子をしっかり見つめて、
「言っておくが、ロザリーさんは自殺したんじゃない。あのとき死んだはずだったのに頑張って生きようとして、それでも力尽きたんだ。それはわかってやれ。まあ、おまえに無断で勝手にやっちまったのは悪かったかもしれんが」
(そういうことなのね)
リアスは理解していた。ロザリーは少女のせいで死んだのではない、だから自分を責めるな、とノジオは言いたいのだろう。それならはっきり言えばいいのに、とも思ったが、それを言わないのがこの人なのだ、とわかっていた。言葉の代わりに行動で、彼女に思いを示したのだ。それに、もしもリアスが組織のトップに手をかけていれば、今度は彼女自身が復讐の対象となっていたはずだった。自分の代わりに十字架を背負ってくれた師匠に暖かな思いがこみあげるのを少女は感じた。
「いきなりどうした」
娘に抱きつかれて男は困惑する。しかも胸が温かく濡れているところを見ると泣いているのだろう。出会った頃よりも背が伸びて女らしさが増した身体から、野に咲く花のようなかぐわしい香りが漂ってきたのも、とまどいに拍車をかける。
「ありがとう」
と涙声で言ってきた娘の頭を無意識のうちに撫でている自分にも困惑していた。
(どうかしている)
思わず舌打ちするが、しかし悪い気分もしないまま、深夜の路上で2つの影はしばし重なり合った。
「何も企んでいない、と言ったのは嘘だ」
「はい?」
明け方に並んで馬に乗っていたノジオにそう言われてリアスは戸惑った。夜通し駆けていたので、芸人ギルドとヤクザのトップが死んで大混乱になっているはずのイーオの街からは既に遠く離れていた。
「おれがタダで仕事をしてやる、と言えば、おまえが仲間たちの復讐をしたがる、というのは読めてたんだ」
「それはそうかもしれないけど」
まだ混乱している娘を見ながら、男は馬上でタバコに火をつける。
「おまえがどうするかを見たかったんだ。感情に駆られて暴走したりしないか、それを見たかった」
「もしかして、それが一人前の拳銃使いになるためのテストだった、とか?」
「相変わらず察しがいいねえ、お嬢ちゃん」
冗談めかしてノジオが笑う。
「それでテストの結果はどうだった?」
「今こうやって一緒に旅をしているのが答えだ」
じゃあ、合格ということでいいのだろうか、とリアスは思う。もし不合格だったとしても何度でも挑戦してやるつもりだったが。
「それと、もうひとつ理由がある」
「え?」
拳銃使いの吐いたタバコの煙が朝の空気にたなびくのが見える。
「おまえがプロとしてやっていく前に踏ん切りをつけておく必要がある、と思ったのさ。個人的な悩みを抱えたままだと、思わぬところで足を掬われるかもしれん」
と言って、やや躊躇ってから、
「いろいろ理由をつけてはみたが、結局、おれはおまえの復讐を手伝ってやりたかっただけなのかもな」
帽子を深くかぶり直すと、少女を置いて一人だけ馬で駆けだしてしまった。
「もう、待ってよ。ノジオ」
リアスも笑いながら追いかける。2人の行く先から朝日が昇ろうとしていた。
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