第7話 女騎士さん、食事を振る舞う(前編)

「わーっ」

5人の少女たちは丸いテーブルの上に所狭しと並べられた、たくさんの料理を見て目を輝かせた。

「いいの? これ、本当に全部食べていいの?」

ショートカットの少女に訊かれたセイジア・タリウスは思わず噴き出してしまう。愛らしい口の端からよだれがこぼれ落ちそうになっていたからだ。

「もちろんだ。そのためにおまえたちをここまで連れてきたんだ」

借金取りとの「交渉」を終えると、セイは5人と一緒に「くまさん亭」へ来ていた。少女たちは食堂に来たのは初めてらしく、物珍しさに落ち着きのない態度をしていたが、女騎士に促されると次々に料理を注文し、そしてそれが今ちょうど運ばれてきたところだった。

「さあ、じゃんじゃん食べてくれ」

とセイが言い切らないうちに、子供たちは料理に手を伸ばしていた。他には目もくれず、がつがつと貪るその様は、食事というよりも捕食、と呼んだ方がふさわしく思え、彼女たちの苛酷な生活を想像してしまった女騎士は顔を曇らせる。

「早速妙なことに首を突っ込んでるみたいだね」

隣に立ったノーザ・ベアラーがセイに笑いかける。料理を運び終えても厨房には戻らず、そのまま少女達の様子を見守っていた。

「そういうわけでもないのですが」

金髪の騎士がわずかに落胆していたのだとしたら、調理を手伝わせてもらえなかったからだろう。「あんたはもう辞めた人間なんだ」と女主人にきっぱり断られてしまったのだ。おかみさんのけじめをしっかりつける態度に敬意を持ちはしたが、それ以上にさみしさがあった。いまだにこの店に未練が残っていることを否応なしに気づかされていた。

「しかし、今日はまたおかしな服を着てるね」

ノーザは女騎士の全身をじろじろ見渡す。野球帽、スタジャン、伊達眼鏡の3点セットはやはり奇異に見えるらしい。

「しょうがないですよ。『なるべく素顔で歩くな』ってリブにも言われてますから」

同居人の美しき占い師からは、

「虎やライオンが街中を出歩いていたらみんな怖がるでしょ? せいぜい猫のふりをしてなさい」

と意味がよくわからないことを言われていた。リブはわたしを人間だと思っていないのか、と腹を立てるセイだったが、

「でも、それは先生が正しいと思うよ」

と、女主人に言われてしまった。

「どういうことです?」

「いや、あんたがうちの店で働いていた、というのが町中で噂になってね。お客さんがひっきりなしに来ては、『どんな感じで働いてました?』とか『何を作ってたんです?』とか細かいことまでいちいち訊いてきてね。精神的にすっかり参っちまったよ」

ノーザ・ベアラーはにやにや笑うと、

「あんた、本当に人気があるんだね」

と冷やかしてきた。

「おかみさん、からかわないでください」

セイは赤面しながら、

(好きで人気者になったわけじゃない)

と考えようによってはずいぶんと贅沢な不平を心の中で漏らしていた。

「あんたのファンも来なくなって、ようやく落ち着いてきたところなのに、本人が出てきたら元の木阿弥だからね。もちろん来てくれるのはうれしいけど、あんただと分からないようにしてから来ておくれよ」

「はあ。では、そうします」

重く課された有名税に女騎士が辟易していたそのとき、ぐすぐす、と誰かの泣き声が聞こえてきた。見ると、5人の中で一番小さなシュナが涙をぽろぽろこぼしている。セイが辞めた後に新たに売り出されたブラウンシチューを喜んで食べていたのに、どういうことなのだろうか。

「どうしたんだい? おいしくなかったのかい?」

ノーザが慌てて訊くと、少女を首を横にぶんぶんと振った。

「ううん。おいしいよ。とてもおいしいし、みんなと一緒なのもうれしいよ。でも、でも」

その後は言葉にならずに涙を流し続ける。

「なんだよ、シュナ。おいしいなら笑えよ。うれしいなら喜んだらいいじゃん」

シュナのすぐ隣の一番背の高い少女はそう言って笑ったが、彼女の目にも涙がたまっていき、他の3人も身体を震わせ出した。やがて、5人はみんな泣き崩れてしまい、それでも「おいしい」と言いながら食事を続けていった。その光景を見るセイの目も潤んでいた。

(この子たちは温かい食卓を知らずに生きてきたんだ)

食事に感動したのはもちろんあるにしても、それ以上に優しさに触れたことで、ふだん自分たちが厳しい状況に置かれていることを思い出したのが、少女たちの涙の理由であるようにセイには思われた。彼女はかつて戦場で多くの不幸な子供を見てきて、そのたびにやりきれない思いを感じていた。いくら勝利を重ねたところで、幼い子供たちが失ったものを取り戻すことは出来ない、とおのれの無力を思い知らされていた。そして、平和になったはずの世の中でも、依然として苦しんでいる人々が存在することを悲しみ、そして憤りを感じずにはいられなかった。こんなことがあっていいはずがない、とまっすぐな正義感が女騎士を突き動かす。

「おかみさん、厨房を借りるぞ」

決然として歩き出したセイをノーザ・ベアラーは止めなかった。幼い子供を持つ母親として、涙を流す少女たちの様子に胸を痛めていたせいもあったが、店員として働いていた金髪の騎士の気質を十分に理解していたから止めなかったのだ。

(あの子がああなったら止められないよ)

とノーザは思ってから、

(「厨房を借りる」、か)

溜息をついた。つまり、「くまさん亭」はもう自分の居場所ではない、とセイはわきまえている、ということなのだが、それはノーザにとってたまらなくさみしいことでもあった。女主人も元店員も、未練があるのはお互い様なのだ。

「ごちそうさまー」

しばらくたって、テーブルの上の料理を全て平らげた少女たちはもう泣いてはいなかった。「お腹がいっぱいになればみんな笑顔になる」という亡き夫の言葉を思い出しながら、満足そうにしている子供たちを女料理人が微笑ましく見ていると、

「ほら、デザートだ」

セイが大きな皿をテーブルの上に置いた。砂糖がまぶされたドーナツが山のように盛られている。甘い香りに鼻をひくひく動かしながら、5人は歓声を上げて揚げたてのお菓子にかぶりついた。

「あんた、あんなの作れたのかい?」

ノーザが驚きながら訊ねると、

「最近になって覚えたんです。せっかくおかみさんに鍛えてもらったのを無駄にするのも嫌なので」

いくらか気恥ずかしそうにセイは答えた。

(嬉しいことを言ってくれるね)

女主人はかつての弟子の背中を軽く叩いた。「かつて」ではなく、自分の教えを守り、技を磨き続ける限りは、これからも弟子であり続けるのだ、と信じたかった。大量に作ったはずなのに、ドーナツはあっという間に少女たちのお腹の中に収められた。

「じゃあ、おかみさん、代金はわたしが払うから」

と言おうとしたセイを、

「ちょっと待った」

ノーザ・ベアラーは止めると、

「なあ、あんたたち」

5人の少女たちに話しかけた。食欲が満たされた娘たちはいつもより素直な表情をしているように見える。

「ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど、いいかね?」

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