第4話 老将軍、女騎士さんについて語る

この章で語られている物語から、時間を少しさかのぼる。アステラ王国黒獅子騎士団先代団長レオンハルト将軍が王宮に招かれて、国王スコットや侍従たちと茶飲み話に興じていた時のことである。今は引退して、王国の南西部の田園地帯でひっそりと暮らしていた老将軍が語る戦場での体験談に王をはじめ、皆は聞き入っていたのだが、そのうちに王が将軍にこのような質問をした。

「シーザー・レオンハルトとセイジア・タリウスとでは、どちらが強いのか?」

質問自体は他愛のないもので、王もそこまで深く考えていたわけではない。子供が「虎とライオンはどっちが強いのか?」と思うようなものだ。しかし、アステラ王国が誇る2人の騎士のどちらが真に最強であるか、というのは国民の間でも論議が交わされていた問題でもあり、その場にいた人々は将軍の答えを固唾を飲んで見守っていたのだが、

「それはタリウスでしょうな」

と、老騎士はあっさり言うと、ずぞぞぞぞ、と音を立てて茶を飲んだ。意外にも即答されたので、居合わせた人間が驚いていると、

「いや、将軍よ。もしや、シーザーがそなたの息子だからと言って謙遜しているのではないか?」

と、国王スコットが食い下がってきた。レオンハルト将軍は白いひげに覆われた顔に微笑みを浮かべると、

「畏れながら陛下。これはわしが騎士として純粋に評価したのであって、謙遜も忖度も存在してはおりません」

「では、どうしてタリウスがシーザーより上だと言うのか?」

「人としての器の大きさが違います」

と、またあっさり答えたので、人々もまた驚く。

「一介の武辺として比べるならば、愚息もタリウスと何ら引けを取るものではありません。技量や胆力においては勝っているかもしれない。だが、百人、千人、万人を率いる将として考えると、我が馬鹿息子は金髪のおてんば娘に到底及ばない、と言わざるを得ないのです。親として残念ではありますが」

「親」と言っても、将軍とシーザーとの間に血のつながりはない。孤児だった少年の才能を見出した老騎士が養子として自ら育て上げたのだ。

「しかし、シーザー様もいくさにおいて数々の華々しい武勲を挙げられているではありませんか?」

王のお付きの一人の問いかけに、老将軍が唯一開いた左眼から冷たい視線を送ったのは、その質問にへつらいを感じたからかもしれない。真の騎士は人に媚びるのも人から媚びられるのも嫌うものなのだ。

「まさにそこが問題でしてな。せがれは戦に勝ちさえすればいいと思っている。だが、タリウスは出来得る限り戦を避けようとしている。戦わずに済むのであればそれでいい、と考えている。そこがあの2人の決定的な差、と言うべきでしょうな」

「よくわからんな、将軍よ。その言い方だと、タリウスには戦う勇気がないように余には聞こえるのだが」

眉をひそめた若き王にレオンハルト将軍は笑いかける。

「そうではないのですよ、陛下。戦う勇気よりも戦わない勇気の方がずっと珍重すべきものなのです。戦いを避けて臆病者のそしりを受けることを恐れずに、無駄な犠牲が出るのを防ぐ、というのは騎士としてなかなかできることではありません」

そう言ってお茶をもう一度飲むと、

「タリウスが無益な戦いを避けたおかげで、数多くの民が無事に国へと帰ってくることができたのです。あの娘が今でも敬愛されているのは当然のことかと思われます」

「うむ。それは実にその通りだ。余もタリウスには大いに感謝している」

(ならば職を解くべきではなかったろうに)

と年老いた騎士が王に向かって抱いた皮肉な思いは、黒い眼帯に隠された右眼が無事であったなら、周りにもはっきりわかってしまっていたかもしれない。セイジア・タリウスが騎士団長を解任されたことには将軍も大いに疑問を持っていた。

「しかしながら、将軍様。戦いを避けてどのように勝ちを収めるのですか?」

またもやお付きから質問された将軍は、

「話し合いです」

と、きっぱり答えた。スコット王が驚いて訊ねる。

「敵と話し合うのか?」

「ええ。敵が立てこもった城に単身乗り込んで降伏させるのはあの娘の得意技でしてな。持って生まれた人徳とでもいうのか、あの子を前にすると敵といえども気持ちが和んで戦う意志が薄れてしまうようなのです」

「それはわからぬでもない」

若き国王は大きく頷く。彼女の美しい容姿を思い浮かべると、それだけでつい微笑みがこぼれてしまう。

「それだけではなく、タリウスは刃によらず知恵で相手を打ち負かすのに長けていましてな。あの娘の最大の武器は剣でも槍でもなく頭なのですよ、実は」

それから将軍はひとしきりセイの武勇伝を語った。少数をもって多数を制した話、地勢と天候を利用して圧勝した話、噂を流して戦わずに敵を敗走させた話、そのどれもが居合わせた人々を瞠目させずにはいられないものだった。

「うむ。まことに面白い話だ。しかし、なんといっても、タリウスが騎士でありながら話し合いが上手い、というのが余には最も興味深いものだった」

そう言ったアステラ国王を見て、老騎士が呟く。

「まあ、話し合いが上手い、というのは、あの娘の名前を聞けばわかることなのですが」

「名前、であるか?」

王に訊かれたレオンハルト将軍が自信満々に答える。

「はい、陛下。まさしくセイジアは政治屋、なのです」

将軍の渾身のジョークは見事に爆笑を巻き起こしたが、当の本人はいくらか冷ややかに王や侍従が笑うのを見ていた。

(のんきなものだな。あの娘に今少しの野心があれば、あなた方は今頃この場にはいなかったのかもしれない、というのに。セイジアならばこの国をたやすく征服できる。いや、大陸の覇者になってもおかしくはない。あれの将器はそれほどのものなのだ)

最後の茶を飲み干してから、将軍はなおも考える。

(もっとも、そのような野心がないのがあの娘の良いところであるし、わが王は愛すべき方であらせられる。それに、セイジアもこの国の平和を乱すことを望んではいないのだろう。もっとも、、だがな。あのわんぱくな小娘を野に放ったのを後悔する日が来ないように祈りたいものですな、陛下)

そんな思いを表に出すことなく、レオンハルト将軍は王たちの相手をその後も続けていった。


このささやかなエピソードは、老騎士のオヤジギャグのせいもあって、笑い話としてしか当初は受け取られなかった。しかし、後になって、セイジア・タリウスがマズカ帝国の大手レストランチェーンの攻勢にひとり知恵と勇気をもって立ちはだかった事実が知れ渡ると、レオンハルト将軍の炯眼を多くの人が称え、「アステラの猛虎」はいまだに健在である、と国中で尊敬を新たにしたのだが、それはこの章で語られている物語が終わった後の出来事である。


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