第20話 女騎士さん、思いがけない再会を果たす
(おまえたち、どうしてこんなところに)
元同僚と元部下と思いがけないかたちで再会したセイジア・タリウスは固まってしまう。
だが、シーザー・レオンハルトとアリエル・フィッツシモンズもまた固まっていた。
(こんな若い娘が作ったのか?)
てっきりベテランの料理人が出てくるものだと思っていたので、意外すぎる成り行きに困惑していた。そして、ずっと探し続けていた少女が目の前に立っていることに2人は気づいていなかった。くすんだ黄色い髪を三つ編みにして、瞳が隠れるほど長い前髪、頭に白いタオルを巻き、「くまさん亭」と白く書かれた黒いTシャツにデニム、というかつてのセイのイメージとはかけ離れたイメージだったので、気づかなくても無理はない、とは言えたのだが。最初に硬直から立ち直ったのはセイだった。
「お客様、お呼びでしょうか?」
少女店員の呼びかけにシーザーは、はっとなる。
「ああ、そうだ。あんたがこのシチューを作ったと聞いたが、確かか?」
「はい。それを作ったのはわたしです」
シーザーの問いかけに頷きながら、
(相変わらず私服のセンスがすごいな)
とセイは内心で思っていた。新生王立騎士団団長は、黒のスラックスはいいとしても、赤い花が大きく描かれた青い半袖のワイシャツを襟を立てて着ているのがどうにも目立っていた。大柄で精悍な青年がそんな恰好をすると、どう見てもその筋の人にしか思えないはずなのだが、シーザーの場合は不思議なことにヤクザらしいタチの悪さは感じられず、野性味すら漂わせていて、一言で言えばぴったり似合っていた。
(それにひきかえ、アルは行儀がいい)
騎士団の副長は茶色いスーツを上下に着込んでいて、白いワイシャツとループタイをしているのも見える。もうじき夏の盛りだというのに汗ひとつかかずに涼しい顔をしていた。生まれも育ちもいい人間だと一目でわかり、似合いすぎるほどに似合っていた。まるで対照的な2人だったが、男性的な魅力にあふれている点では共通していて、「くまさん亭」を目指して繁華街を歩いている間ずっと女性から熱い視線を受け続けていた。しかし、2人が恋をしているセイジア・タリウスには魅力は通じることなく、
(まさに凸凹コンビだ)
と心の中で笑われていたのである意味悲惨であった。とはいえ、セイはプライヴェートでも2人が仲良くしていることをうれしく思い、安堵もしていた。これなら騎士団の運営にも支障はなさそうだ。
「とても美味いシチューだったが、少し聞きたいことがあるんだ。いいか?」
はあ、と少女が事情も分からぬまま頷くと、シーザーは顔の向きを変えてアルに問いかけた。
「おい、確かなんだろうな?」
そう言われて、着ているスーツよりも濃い茶色の髪の少年は真面目そのものといった顔で頷く。
「間違いありません。これは団長の作ったシチューと同じ味です」
「あの、団長、というのは?」
2人がここに来た理由を薄々察しながらもセイは質問する。
「あんたもアステラの人間なら、セイジア・タリウスは知ってるな?」
「ええ」
と口には出したが、
(知らないわけないだろ。わたしがそのセイジア・タリウスなんだから)
と言いたくて仕方なかった。しかし、それを言ってしまえば職を失う恐れがあるので、もちろん言うわけにはいかない。
「タリウスはおれたちと同じ騎士なのだが、1年ほど前に職を解かれて、そこからいろいろあって、今は行方知れずになっている。おれたちはその行方を探しているところなんだ」
「どうして探しているんですか?」
少女にそう言われたシーザーはアルと一瞬顔を見合わせてから、
「仲間が何処に行ったかわからなくなれば当然気になるからな。正直心配もしている」
青年は溜息をつき、少年は沈鬱な表情をした。
(そうだったのか。心配してくれていたのか)
セイの胸に後悔が押し寄せていた。新たな騎士団をまとめあげる邪魔にならないように気を使って連絡を取らないでいたのだが、かえって2人に迷惑をかけてしまったのかもしれない、と気づいたのだ。もっとも、シーザーとアルはセイを恋人にしたい、という個人的な欲望で動いていた面も多分にあったので、彼らは彼らで後ろめたい気持ちがあった。
「おれたちも探してみて、手がかりがなくて困っていたのだが、最近になってここのシチューがうちの騎士団で評判になってな。かつてタリウスが陣中で作っていたものと味がそっくりだ、と」
(あたりまえだ。こっちのシチューもわたしが作っているんだから)
そう突っ込みたいが、やはり口にすることはできずに困っていると、
「噂を聞いた時は正直半信半疑だったんです」
今度はアルが話し出した。
「団長の料理は絶品でとても真似できるとは思いませんでしたから。ぼくも団長から直接教わりましたが、結局最後まであれほどの味は出すことはできませんでした」
「そんなことはないと思うぞ」
「え?」
「え?」
2人の騎士に怪訝な眼で見られて、セイは思わず素が出てしまったことに気づく。
(しまった。いや、確かにわたしのものとは味は違うけど、アルのシチューもわたしは好きだったからつい口が滑ってしまった)
「いや、お客様は料理がお上手そうに見えるから、そこまで卑下されることもないかなー、と思っただけですよ。あくまでわたしの勘ですけどね」
ははは、とごまかすように笑う店員を見て、
(一瞬すごくなつかしい声を聞いた気がしたけど、気のせいだな、きっと)
あの人がこんな場所にいるはずがない、と少年副長は思い直し、ごほん、と咳をしてから、また話に戻った。
「でも、驚きました。あなたのシチューは団長のものにそっくりです。久しぶりにあの人に会えた気がしました」
アルは微笑んでから、きっ、とセイの方を見つめた。
「教えてください。あなたなら団長のことをご存じなんじゃないですか? 知ってることなら何でもいいんです。教えてください」
「いや、あの、その」
(ごめん、アル。本当にわたしのことを心配してくれてるんだな)
必死に言い募ってくる少年に申し訳なく思い、この瞬間、セイは自分の正体を明かそうかと迷っていた。
「おい、やめろ。店員さんを困らせるんじゃない」
しかし、シーザーが制止したことで、女騎士の迷いも消えていた。正体を明かしてこの店にいられなくなったとしたら、仕事を投げ出すのと同じで、それだけはできない、と瞬間的に思い直していたのだ。
(すまない、シーザー、アル。わたしにはまだここでやるべきことが残っているんだ。それを済ませたら必ず会いに行くから、許してくれ)
明らかに落胆した様子のアルを見てセイの胸は痛んだ。
「部下が迷惑をかけてすまない」
「いえ、そんなことはないです」
「だが、あんたがどうしてタリウスと同じシチューを作っているのか、それはおれも気になっている。よかったらわけを聞かせてくれないか」
真剣な面持ちでシーザーに問われて、女騎士もしっかり答えることに心を決めた。
「それではお話させていただきます。わたしはあのシチューの作り方をある騎士の方から教わったんです」
「団長から教わったんじゃないんですか?」
騎士団副長が興味津々な様子で訊ねる。
「はい。ツンジさん、という方です」
「ツンジだと?」
「アステラの若獅子」と他国から恐れられた青年の目が驚きで見開かれる。そして、大きく頷いた。
「なるほど、そういうことか。わかってみれば単純な話だ」
「レオンハルトさん、一人で納得してないでぼくにもわかるように教えてくださいよ」
部下から不服を申し立てられて、シーザーは苦笑いを浮かべる。
「あ、そうか。おまえはツンジさんに会ったことがないのか。まあ、当然の話だがな」
「誰なんです? その、ツンジさんという人は?」
「昔、天馬騎士団で料理長をしていた人だ。だから、おれも直接話したことはあまりないが、腕は確かだというのはよく知っている」
「ああ、そういうことですか」
頭の回転の速いアルはすぐに事情を理解する。
「そのツンジさんが団長に料理を教えたんですね?」
つまり、同じ人から料理を教わったから同じ味が出せる、という話だ。青年の言う通り確かに「わかってみれば単純な話」ではあった。
「そうだ。あいつは、セイはまだ新人の頃にツンジさんから料理を仕込まれたらしい。スバルさんから炊事を担当するように言われてな」
「オージン・スバル。残念ながら、ぼくはお会いしたことはありませんが、伝説の英雄ですね。
「大崩壊」とは先の戦争でアステラ王国が致命的な敗北を喫した一戦を指していた。
「ツンジさんも同じだ」
シーザーが眉をひそめてつぶやく。
「え?」
「ツンジさんも大崩壊で戦死した。敵の進撃を止めようと、一人で立ち向かってな」
「いや、でも、ツンジさんは料理人じゃないんですか? どうしてそんな」
「最初から料理人だったわけじゃない。もともとは騎士で、怪我で戦えなくなって料理を担当するようになったんだ。いや、他人がどう思ってようと、ツンジさんはずっと自分を騎士だと思っていたんだろうな。そうでなければ、咄嗟にあんなことはできない。おれなんか足元にも及ばない、本当の騎士だよ、あの人は」
俯いたシーザーを見てセイは胸が熱くなるのを感じた。
(シーザー、おまえもツンジさんを覚えていてくれたんだな)
そして、アルも上官の言葉に感動で心が震えていた。
(騎士団長でありながら、他人を自分より上だと素直に認められる、そんなあなたも素晴らしい騎士です、レオンハルトさん)
「あんた、名前は?」
「え?」
俯いたままのシーザーから突然訊かれてセイは驚いたが、
「あ、セシル。セシル・ジンバです」
「セシルさん。あんたがツンジさんの料理を受け継いでくれたのをうれしく思う。うちの騎士たちもあんたの料理を大いに楽しみにしている。どうかこれからもひとつ、あのシチューを作り続けてくれ。騎士団長として頼む」
顔を上げたシーザーの黒い瞳から発した強い視線が前髪で隠されたセイの瞳を直撃し、彼女の心を動かした。
(こいつ、普通の女の人には親切なんだな。わたしにはぞんざいな態度しかとらないのに)
もっとも、シーザーにとって望ましい方向に動いたわけではなかったが。少女の顔を見た青年騎士の表情が怪訝なものに変わる。
「なあ、あんた。前にどこかで会ったことないか?」
「え?」
「よく見てみると、初めて会ったとは思えなくなってきた。いや、絶対初めてじゃないぞ」
「いや、あの、ちょっと」
前のめりになるシーザーにセイが困っていると、
「やめてくださいよ。今どきそんな古典的なナンパなんかしないでください」
アルが上官に怒りだした。
「いや、ナンパとかじゃなくて、おれは本気でそう思っただけで」
「あ、でも、レオンハルトさんはセシルさんと付き合ってもらった方がいいのかな? 団長のことはぼくにまかせてもらって」
「なんだとてめえ。どさくさに紛れて何言ってんだコラ。そんなこと許すわけねえだろ」
「他の女の人に目が行くようじゃ、団長への真剣さも疑いたくなっちゃいますよねえ」
「ふざけんじゃねえ。こっちはてめえなんかよりずっと前から真剣なんだよ。新参者が何言ってくれて、あれ? セシルさん? 何処に行ったんだ? おい?」
二人が言い争っている間にセイは厨房へと逃げ込んでしまっていた。
(わけのわからないことで喧嘩してくれて助かった)
ほっと胸を撫で下ろした。喧嘩の理由が自分にあるとは女騎士はまるで気づいていない。
「ねえ、あんた」
目を輝かせたノーザ・ベアラーがセイの背中を叩いてきた。
「今の、騎士団の団長さんと副長さんだろ? いったい何の話だったんだい?」
野次馬根性を隠し切れない「くまさん亭」のおかみ。そういえば、この店に置かれている婦人向けゴシップ雑誌は彼女の私物だとも聞く。
「あ、えーとですね、シチューに『騎士団風』とあるのはどうしてなのか、とかいろいろ聞かれて」
「まさか、使用料を払え、とかそんな話かい?」
「いえいえ。騎士のみなさんにも評判がいいから、これからも作ってくれ、と励まされちゃいました」
適当にごまかしていると、
「お得意様をゲットするなんて、すげえじゃん、セシルちゃん」
コムが話に割り込んできた。
「うちも騎士団公認になるとは、出世しましたねえ」
「まあ、誰だろうと店に来てくれるのはありがたいし、騎士の人なら泥棒除けにはなるかもしれないけどねえ」
名誉欲のあまりない女主人はさほど喜ばなかった。彼女の望みは、地道ではあっても長くこの店を続けていくこと、ただひとつなのだ。
(シーザーとアルには悪いことをした)
セイの心境も複雑だった。ツンジから料理を教わった、という説明に嘘はない。しかし、自分がセイジア・タリウスであるのを隠していることに変わりはなく、結局小さな嘘はなくても大きな嘘をついてしまっているのと同じなのだ。根が正直にできている女騎士にはつらい話だった。
(いや、嘘はやっぱりよくない。正直に言おう)
そう思い直した少女は、棚から食材をいくつか取り出して、ボウルに入れてかきまぜると、それをフライパンに入れて火にかけた。
「おや、パンケーキだね?」
女主人が驚く。この店のメニューにはない料理だった。
「ええ。あのお二人に何かデザートを出そうと思って」
ははーん、と何かを察した様子のノーザ・ベアラー。
「セシル、あんたもやっぱり年頃なんだねえ」
「はい?」
「いや、2人ともイケメンだからねえ。サービスしたくなるのもわかる。ワイルド系とかわいい系でタイプは全然違うけど、どっちも男前さね。で、あんたはどっちが好みなんだい?」
「そんな、違いますって、おかみさん」
「またまた、照れちゃって」
セイは別にごまかしていたわけではなかった。パンケーキはお詫びのしるしで、それを出すついでに正体を明かすつもりだったのだ。そのうえで黙っていてくれるように頼もうと考えていた。彼女の知っている2人なら、頼めば秘密を守ってくれるはずだった。
(まったく、おかみさんも勘違いしないでほしいな)
パンケーキが焦げないように気を付けながら、セイは心の中で不満を漏らす。
(そもそも、あの二人、全然イケメンじゃないからな。まあ、見た目が悪いとも思わないけど)
セイにとって2人の騎士はかけがえのない友人ではあったが、男性としてまるで意識してはおらず、ルックスも特に気にはしていなかったのだ。男たちが知ったら間違いなくショックを受けるようなひどいことを考えながらも手を動かし続け、
(シンプルな料理こそ作るのが難しいものだが、実に無駄のない動きだ。セシル・ジンバ、やはりただものではない)
その様子を見ていたオーマはひそかに感心していた。
5分後。ようやく完成した2枚のパンケーキを皿に乗せると、2人の騎士の元へと歩き出す。
(さあ、しっかり謝るんだ)
気合を入れて店内に向かったセイジア・タリウスの耳に、アルの素っ頓狂な叫び声が飛び込んできた。
「えっ、本当なんですか?」
何を言ってるのか、と気にしながらも、足を踏み出そうとすると、
「レオンハルトさん、団長の裸を見たことがあるんですか?」
と、さらに少年が叫んだので、さすがの女騎士もずっこけてしまった。
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