#08 愛して音楽。奏でて真実。






 ノートをパラパラと捲って考える。俺は何をしていたんだろう。なんで、ノートに紅音ちゃんの新曲が書いてあるんだろう。予言のノート? 違う。俺は確かに、この曲を知っていた。



 茉莉に電話で訊いてみよう。



「ま、茉莉大変なんだっ!」

『ど、どうしたの?』

「引き出しの中から、紅音ちゃんの曲のノートが出てきた」

『……は?』

「だから、紅音ちゃんの曲……俺、やっぱり知ってるんだ」

『————っ!! やっと。やっと、この日が』

「茉莉………? どうしたの? 泣いてるの? ねえ、茉莉はなにか知ってるんだろ。教えてよ。俺、なんで……俺……誰なんだよ」

『………うん。分かった。あのね』





 ————春彩は、音楽を作るのも好きだったの。





「音……楽をつくる…………?」

『うん。例えば、春彩のお父さんのいる、世界的に有名なシルクザファントムの楽曲とかの一部も春彩が作っていたの。紅音にも……作っていたんだよね。ライブ聴きに行ったでしょ。期待していたよりも、春彩の反応はなかったけど』

「………え? 紅音ちゃんのライブの曲? 俺が? で、でも……ここには楽器もないし、そんなことできるような部屋には……」

『そうだね……でもね、春彩。このことは人に言ってはダメ。それを他の人が知ったらね、春彩は大変なことになっちゃうの』



 俺が大変なことに………なんで? 音楽を作ることができる俺が、他の人にバレると、大変…………? なんで? でも、茉莉の言うことはいつも間違っていない。だから、茉莉を信じる。だけど。



「分かった。言わない。だけど、その理由が知りたい」

「………うん。春彩は有名な人だったの。だから、春彩が記憶喪失だってことがバレたら、きっと春彩は死んじゃう。いっぱい悪い人がやってきて、春彩を苦しめちゃうの。だから、わたしと春彩だけの秘密にして。ね?」

「悪い人……」



 悪い人……人身売買組織? いっぱい押し寄せて苦しめる? 俺が死ぬ。俺がいなくなると、この前みたいに茉莉と紅音ちゃんが悲しむ。それは、結果的に俺も悲しい。うん、茉莉の言うとおりにしよう。



「分かった。言わない。でも、音楽を作ってみたい。言わないから、作りたい」

「————うん。分かった。秘密にするなら、音楽の生まれる場所に連れて行ってあげる」



 電話を切ったら、すっとメロディが降ってきた。俺の頭の中で奏でる音楽が、妙に騒がしいなぁ。今までこんなことなかったのに。なんで突然————あ。



 充希先生の音楽だ。あの音楽。あれを聴いてからだ。踊ってからだ!




 ————音楽を愛して。




 充希先生は、俺が音楽を愛せるように、あの音楽を持ってきたんだ。






 ————思い出した。あの曲は。






 翌日の放課後、茉莉はモンバケ祭の準備を休んでくれた。俺のために休んでくれたんだよね。ごめんね。茉莉。



「いいよ。たまにはサボりたいし。それに最近、春彩に構ってあげられないから、心苦しかったんだよね」

「え? 俺に構う?」

「なんでもな〜〜〜い。ほら、いこう」



 茉莉が連れてきてくれたのは、ヒグロ? マグロ? とかいう駅。少し歩いて、見上げると首が痛くなるようなマンションに連れてこられた。なんだここ。



 エレベーターで一番上まで上がって、角の部屋に入った。



「ここで音楽が生まれていたの」

「こ、これって」



 電子ピアノ? ギター? パソコンとか。なんだか配線だらけの部屋。少し埃っぽい。茉莉も同じこと考えていたのかな。カーテンを開けて、窓を全開にした。風が冷たいけど心地いいな。



 電子ピアノのスイッチを入れて、鍵盤を押すと音が出た。ラ? また適当に押してみる。レだ。あれ、なんで分かるんだろう。



 そうだ。確か……。



 鍵盤に両手で触れると、勝手に指が動く。スラスラとメロディラインが組み上がっていくみたい。



「え……春彩?」

「勝手に……指が」

「う……そ…………?」



 充希先生が持ってきた曲。一回聴いただけの曲なのに覚えていた。愛する音楽。感じる音楽。触れる音楽。幸せにできる音楽。






 ————『愛する人に』






 そういう名前の楽曲だった。うん、覚えているよ。俺……俺が作った曲。





 ——————大切な人に……贈った曲だったんだ。





 一曲弾き終わると、茉莉が嗚咽を上げて泣いていた。なんで泣いているの? 泣かせたくて弾いたんじゃないのに。幸せにできる音楽だったのに、なんで泣いちゃうの?



「ご、ごめん。俺……そんなつもりで」

「違う……よ………思い出しちゃった」

「え……茉莉も記憶喪失?」

「………バカ。そうだよ。ある意味記憶喪失なんだよっ」



 え。知らなかった。茉莉が記憶喪失だったなんて。でも、そんな風には見えなかったけど。俺に勉強教えてくれたし。料理だって。



「充希先生が、音楽を愛してって、持ってきたのがこの曲だったんだ。なんだか切ないような悲しいような曲だけど、すごく大切な………そんな感じの曲」

「……覚えていない? 春彩が記憶喪失になった日。この曲を一緒に聴いたんだよ。でも、春彩は全く反応しなかったの。音楽を聴くだけじゃダメだったの」

「え?」

「ううん。やっと………やっと。少しでも良い。ほんの少しでもいいから、一歩を踏み出せたね。春彩ありが……とう。やっぱり……涙出ちゃう」



 また泣き出しちゃった。そんなに思い入れがある曲だったんだ。知らなかった。



 ギターを手にすると、自然と指が動く。ピアノと一緒だった。だけど、パソコンはイマイチ使い方が分からなかった。何に使っていたんだろう。ここで、俺は音楽を作っていた。パソコンは何に。



「茉莉、連れてきてくれてありがとう……俺、なんだか泣きそう」

「………ごめんね」

「え?」

「もっと早く連れてきてあげたかったの。でも、今村先生がタイミングを見てくれていたの。音楽を嫌いになっちゃう可能性だってあったんだよ。拒絶するか、受け入れるか、五分五分だって」




 よ、よく分からないけど、俺、音楽が好き。紅音ちゃんのことを好きになったのだって、始まりは音楽だったし。でも………初めてダンスをしたとき倒れちゃった。そうか…………それで今村先生は…………タイミングを。頭の悪い俺でも分かった。徐々に身体が慣れてきたんだ。充希先生………も俺のために。




 もしかして………茉莉は初めから…………。




 茉莉は俺の隣りに座って、俺がピアノを弾いている姿を楽しそうに笑顔で見てくれていた。



「春彩…………ありがとう」

「な、なんで?」

「少しでも思い出してくれて。春彩の音楽好きだったんだ。わたし、音楽が大好きなの。紅音の歌も好き。でも、春彩のピアノが一番好きだった。本当に嬉しい」



 茉莉が頭を俺の肩にちょこんと乗せてくる。ピアノを弾く手を止めて、深く息を吸った。



「え。春彩どうしたの?」

「なんだか、音楽が聴こえてきたから」

「え?」



 頭の中にあるバラバラの音符が一斉に整列し始めた。組み上がる音楽を指が優しく導いていくみたい。



「茉莉に聴いてほしい曲…………みたい」

「え? ええ?」

「だから、音が茉莉に聴いてほしいって言ってる」



 跳ねるような音に落とし込んだ僅かな切なさと、愛情の欠片がパズルのピースのように隙間を埋めていく。急に、頭の中のモヤが取れて………。



「す、すごい、これをこの短時間で?」

「う、うん。急に頭の中がクリアになって」

「ま、待って。スマホで音を撮るから。はじめから」

「うん」



 茉莉が録音してくれた曲を聴くと、身体が動き出す。リズムに乗りたい。楽しい。茉莉に聴いてほしかった音楽が俺の身体を突き動かすみたい。



「………春彩」

「え?」

「充希先生に感謝だね。踊れてる。間違いなくダンスになってる」

「ほ、ほんとに?」

「やっぱり、充希先生ただものじゃないよ」




 でも、これでは踊りにくい。もう一度。




「茉莉、もう一回撮って」

「うん」




 今度はリズムを一定に。そして、もっと感情豊かに。物語のようにドラマチックに。



「す、すごいっ!」

「ま、茉莉………俺、茉莉を喜ばせたいって思ったら、できた…………できたよっ!」

「う、うんっ! すごいよっ!!」



 抱きついてきた茉莉の頭をナデナデして、一緒に録音した音を聴く。すると、華やかに奏でる恋と愛の狭間はざまの喜びの曲が、心に波紋を落とすようなしずくとなった。広がる波紋はやがて大きな波となって。


 茉莉のことが好きだ。溶け出す心。それが旋律となって、スマホの向こうから聴こえてくる。




 ————春彩。もっと、もっと弾いて。





 しばらく、茉莉と二人、音楽に触れて、感じて、喜んで、愛した。愛し合った。






 茉莉………んだね。少しだけ思い出したよ。ありがとう。







————————

すみません。執筆が五本を超えているので、思った以上に感想まで気が回りません。いただけて嬉しいのですが、返信が遅れる可能性がございます。ご容赦ください。

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