【禍憑姫/零】2004年12月17日10時20分

晴天。

学園へと登校する男。

教室へ向かい出席簿を記入。

その足でグラウンドへ向かうと。

グラウンドに続く階段に座る黒コートの男が一人。


「………来たか」


足音を聞いて。

手に持つスキットルを煽り。

黒い死神はコートを翻す。

元評議会役員直属精鋭部隊所属。

現在では何の因果か。

八十枉津学園に所属する教師。

贄波阿羅。


「こんちわっす、贄波先生」

「今日もご教授の程、宜しくお願いします」


爽やかな笑みを浮かべる。

挨拶を行い、五十市依光はグラウンドの中心へと歩き出す。

連れる様に、贄波阿羅教師も向かう。

二人、死神と神童は中心に立つ。


「………律儀だな」

「何度も倒されて」

「嫌気が差して来るだろう」


スキットルを傾ける。

容器内で揺れる酒を煽る。

ふぅ、と酒の匂いが混じる息を漏らす。


「いや、まあ、そう言われたらそうっすけど」

「けど、まあこれは訓練ですからね」

「必死になって頑張らないと」

「俺は誰も守れないんで」


しみじみと答える。

五十市依光は現状強い。

しかしそれは自分だけの強さ。

誰かを守るには少し心許ない。

だから五十市依光は誰も彼もを救える強さを欲する。

その為に対人戦最強とされる贄波阿羅教師と訓練を行う。

彼の英雄染みた言葉に贄波阿羅は深々と頷く。


「……そうか」

「お前のそう言うところ」

「俺は嫌いだ」


彼の言動を褒める様な嫌悪であった。

てっきり賞賛されたと勘違いした五十市は照れる。


「え、ちょ、いやいや」

「そんな、照れますって……って」

「え?嫌いなんですか?」


贄波阿羅教師の言葉を理解して。

褒められてないと理解した五十市依光。

驚愕な顔を浮かべて贄波阿羅教師にそう突っ込んだ。


「そのノリも、俺は苦手だ」

「……早く終わらせてやる」


ズボンに仕込んでいた小銭を取り出す。

小銭の中には一円や百円などが沢山ある。

その中から五百円を選択して残りを戻す。


「時間は一時間」

「獲物か狩人かは」

「コイントスで決める」


贄波阿羅教師が用意する訓練。

それは所謂鬼ごっこだ。

鬼役の狩人が、獲物である人役を追う。

十秒間組み伏せられる。

あるいは気絶をする。

それが狩人の勝利条件であり。

獲物が制限時間までに逃げ切る。

または狩人を気絶させる。

これが獲物の勝利条件。


「つまり、何時も通りってワケですね」

「了解っす」


親指でコインを弾く。

くるくると回るコイン。

それは贄波阿羅教師の手に収まると。

手の甲に乗せた。


「――――さあ、裏か表か」

「どっちだ?」


五十市依光はコインが手中に収まる瞬間を。

凝視していた。

だから、その手にあるコインがどちら側なのか理解している。


「表、と、見せかけて」

「今裏に変えましたね?」


贄波阿羅教師がワザと。

五十市依光に見える様にコインを投げたのは。

どちら側なのか見せたうえで。

手中でコインの向きを変えて外す為だった。

しかし、そんな小技も。

五十市依光にはお見通しであったが。


「………はぁ、目敏いな」

「分かった、役を決めさせてやる」


手を開き。示すコインの向きは裏側。

見事的中させた五十市依光はしたり顔を浮かべる。


「へへ、そんじゃあ」

「俺が狩人で」

「先生は俺から逃げて下さいよ」


五十市依光が狩人。

贄波阿羅教師が獲物。

と言う役に決まった。


軽く運動を交える五十市依光。

贄波阿羅は準備運動をする五十市依光に勝利条件に一つ足した。


「一時間以内に俺に傷を入れたらお前の勝ちだ」


恐らくは逃げ切る自信があるのだろう。


「勝てば」

「今度は別の士柄武物を用意させてやる」


更に。

五十市が勝利した場合のご褒美も用意している。

テンションが更に上がり出す五十市依光。


「そりゃたまんねぇ話っすわ」

「俄然、やる気が出てきます」

「んじゃ、始めましょうか」


張り切った様子で両手を擦り付けた。


「そうだな………では、コインが落ちた瞬間」

「攻撃を許す」


そう宣誓して。

五十市依光にコインを投げ渡す。

それを受け取った五十市依光は。


「うっし」

「そんじゃ」

「行きますよッ!」


天に向けて大きくコインを投げる。

くるくると宙を回る黄金色のコイン。

それが落ち切る前に。

ダッ、と地面を蹴り駆ける音が聞こえ出す。


「――――ってえぇ!?ちょッ」

「コイン投げた瞬間に逃げたぞあの人ッ!」


全力で逃げる贄波阿羅教師。

それを見た五十市依光はコインが落ちるまでその場に待つ。


「反則……」

「……あ、いや、コインが落ちた瞬間に攻撃を許す、だっけ」


コインが地面に落ちる。

其処で五十市依光は、贄波阿羅教師が口にした言葉を復唱した。

その言葉の内容に、コインを投げる間動いてはならない。

と言うルールは提示していなかった。

つまり、この訓練のルール上。

逃げる事は問題なく。

また五十市依光が追う事も問題は無かった。


「じゃあ、逃げる事自体は別に良いのか」

「……それがありなら、つまり」

「追うのも自由って話すよね?」

「あぁ……下手こいたな……」


嫌気が差しながらも。

気分を切り替えて、五十市依光は髪をかき上げると。

落ち切ったコインを握り締めて贄波阿羅教師が逃げた先に顔を向ける。


「そんじゃ今度こそッ」

「行きますよッ!!」


そう叫び、鬼ごっこが始まった。



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