145

 休日を利用して俺たちは約束していた温泉旅行に来ていた。


「……うわぁいい部屋だね!」

「あぁ。眺めも凄い良いし」


 県を跨ぎ、温泉が有名な旅館が俺たちの向かった先だ。一つだけ残念だったのは柚希の父親である康生さんが急遽仕事が入ってしまい来れなくなったことだ。なので日付をズラそうとは考えたのだが、康生さんにせっかく日程も全部決めたのだから楽しんできなさいと言われてしまった。


「今度はお父さんも一緒に来たいね」

「そうだなぁ」


 その時はまた予定を立てたいものだ。

 さて、こうして旅館の部屋に通されたわけだが……今ここに居るのは俺と柚希の二人だけである。それには理由があって、今回部屋を二つ取ったのだが俺と柚希で一つ、乃愛ちゃんを含めた母さんたちで一つだった。


「まあ乃愛も寝る前とか来そうだけど」

「そのまま流れで寝そうだけどな」


 どうも乃愛ちゃんは俺たちと同じ部屋が良かったらしく、結構ごねたのだが俺と柚希を二人にさせてあげなさいと藍華さんに説得されていた。俺と柚希としてもその提案はありがたかったが、別に出先なのでそこまでイチャイチャ……しないよね? 流石にしないと思うので乃愛ちゃんが傍に居ても良かったんだけどさ。


「旅行とは言ってもほぼ自由みたいなものだよね。っということで、車に大分揺られてたし休憩しようよ」

「おう」


 そうだな、少し尻が痛いので休憩をさせてもらうことにしよう。

 年季を感じさせる家具に良い匂いのする畳、そして外から入ってくる自然の空気に心が癒される。正直、外の景色を見ているだけでも時間が潰せそうだ。


「よいしょっと。カズ、おいで」

「うん」


 座布団の上に座った柚希がポンポンと膝を叩いた。俺は特に何も考えずに頷き柚希の膝に頭を乗せた。もう恥ずかしいことなんて何もない膝枕、頭をう優しく撫でてくれる柚希の手の感触を感じながら……俺はふと呟いた。


「……なあ柚希」

「どうしたの?」

「もうさ、柚希に膝枕をされることが当たり前みたいになってたわ」


 そうなのだ。

 もう脳死状態というか、柚希においでと言われてそうするのが当たり前のように俺は柚希の膝に頭を乗せていたのだ。俺の言葉を聞いてクスッと笑った柚希はそうだねと頷く。


「別にいいんじゃないかなぁ? あたしの存在がカズの中で当たり前のように刻まれているってことでしょ? その逆も然り、いいじゃんいいじゃん♪」

「……そっか。そうだよな」

「うんうん♪」


 そっか、それならいいのか。

 柚希と笑い合い、俺は改めて柚希の足の感触を頭の裏で感じる。ホットパンツなのでそのスベスベの肌に髪の毛が当たってチクチクしないか不安だが、特に何もなさそうで安心する。


 下はホットパンツ、上は両肩を出すタイプの服という今日の柚希だ。

 活発なイメージを与える印象とは裏腹に、柚希より俺は身長が高いのでその服だと豊かな胸の谷間が僅かに見えてしまう。今日出会った時に凄くドキドキしてしまったのだが、柚希はやっぱり自分の良さを分かっているのだ。


『……はい』


 車の中で乃愛ちゃんや母さんたちにバレないように、チラチラと窺いながら柚希は人差し指を襟元に引っ掛けて胸元を見せつけたりしてきた。俺としてはそんな柚希の誘惑に耐えながら彼女の隣に座っていたわけだが……こんなに可愛くてエッチな彼女がそんなことをしてくるんだから色々と大変だったのだ。


「ねえねえ、混浴とか楽しみだね」

「あ、やっぱり行くんだ」

「もちろんだよ!」


 今朝のことを考えていると混浴の話が出た。お互いの家で一緒にお風呂に入ることはそこまで珍しくないけれど、やっぱり温泉といういつもと違う環境で一緒に入ることも楽しみしているらしい。


 絶対に行くから、そんな意思を感じさせる強い瞳に俺は苦笑しながら頷いた。

 そんな風に柚希とゆっくりしていると、やはりというべきか乃愛ちゃんが部屋にやってきた。


「あ、やっぱりイチャイチャしてるし!」


 そりゃしますとも。


「そりゃするわよ」


 あ、柚希と思ったことがシンクロしたみたいだ。

 まあ分かっていたけどね、そう言って乃愛ちゃんは部屋の中に入り俺たちの傍にやってきた。膝枕をされている俺のお腹を枕にするように乃愛ちゃんも横になる。


「あ~あ、私もこっちが良かったなぁ」

「別にいいわよ?」

「え? 本当に!?」

「あたしたち二人の愛し合う姿を見る覚悟があるのなら……ね?」

「……え、遠慮しま~す」


 顔を真っ赤にして乃愛ちゃんは黙り込んでしまった。

 もちろん今のは柚希としても冗談で乃愛ちゃんを揶揄うための言葉だったはずだ。正直言うと心臓が跳ねるくらい俺も驚いたが、舌を出して笑っている柚希を見ると冗談だというのはすぐに分かる。


 柚希に膝枕をされ、乃愛ちゃんにお腹を枕にされ、遠出の疲れもあるのかちょっとだけ眠くなってくる。それでもせっかくの時間なんだからと勿体なくて眠れない俺が居るのも確かだった。


「……ふわぁ」

「ふわぁ……」

「ふふ、二人とも大きな欠伸しちゃって」


 俺と乃愛ちゃんがほぼ同時に大欠伸をした。

 色々と見て回りたいところだけど、基本的に自由だからな。母さんは藍華さんと出掛けるらしいし、俺たちは俺たちで見て回るのが主になりそうだし。


「ま、取り敢えず外に行くか」

「そうだね」

「レッツゴー!」


 普段建物に囲まれている場所に住んでいるからなのか、この場所みたいに自然に囲まれた場所というのは中々に新鮮だ。部屋を出た俺の手を柚希が握り、空いている手を乃愛ちゃんが握った。


 正に両手に花というやつだが、他の旅行客っぽい人からの視線が痛い。特に同年代と思わしき男子からの目線が特に痛い。


「ねえねえ、私たちどんな風に見られてるのかな?」

「ラブラブ夫婦とその子供でしょ」

「私そこまでガキンチョじゃないんだけど!?」

「そうやってすぐに騒ぐところが子供ってことでしょう?」

「……むっきいいいいいいいいい!!」


 乃愛ちゃんのことをガキンチョと呼ぶつもりはサラサラないけど、その仕草はちょっと子供っぽいかもしれないなぁ。


「お兄さんが何か失礼なことを考えた気がする!」


 こういう鋭いところは本当に柚希とそっくりだ!

 むむむと声を漏らした乃愛ちゃんは俺の背後に回り、ぴょんと音を立てるように背中に飛びついて来た。柚希はその拍子に手を離し、代わりに乃愛ちゃんが手と足で完全に俺に巻き付く形になる。


「……そういうところが子供なんでしょ」

「へっへ~ん。私は軽いからこういうことが出来るんだもんね! お姉ちゃんじゃ絶対に出来ないでしょ? おっぱいとか重いし」

「むっ」


 え? 柚希さん? なんでそんな対抗するような顔をしていらっしゃるのでしょうか。やらないよね? 流石にやらないよね?

 表情は見えないけど乃愛ちゃんがふふんと勝ち誇ったような含み笑いをした。柚希は舌打ちとは行かないまでも、ムッとした表情は変わらず俺の正面に立った。そしてそのまま大きく腕を回すように抱き着いて来た。


「あたしはそんなことしなくても、こうやって大好きだよって気持ちを表すことできるもんね。お子様のアンタとの違いよば~か」

「……ぐぬぬ」


 いや二人とも言い合いをしている姿は子供っぽい……いや、言わないでおこう。

 乃愛ちゃんをおんぶしながら正面から柚希に抱き着かれるこの状況、さっき見た同年代の男子が思いっきり睨んでくるんだけど二人とも気づいて……ないねこれは。


「そんなこと言って嫉妬したんでしょお姉ちゃん」

「乃愛、一つだけ教えてあげるわ」

「……なに?」

「今あたしの腕はアンタにも触れてるのよ? 覚悟しなさい」


 ニヤリと柚希が笑い、突如乃愛ちゃんの悲鳴が響き渡った。


「ぎにゃああああああああああああっ!?!?」


 まるで尻尾を挟まれた猫のような声を上げた乃愛ちゃんだった。


「お尻! お尻抓らないでってば!!」


 俺を挟んで行われるキャットファイト……遠くで母さんと藍華さんの笑い声が聞こえたような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る